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桃ちゃんを家に送り届けたあと、俺は家に帰る気にもなれず、彼女の元へ向かった。
……俺は最低な男だ。
「久しぶり……会いに来たよ」
彼女の前にしゃがんで、俺は言った。
彼女と話すのは久しぶりだった。
「俺さ、結婚して、もうすぐ2人目の子供も生まれるんだ。1人目は女の子でさ、すっごい可愛いよ」
「そっか、良かったね」と高校生の彼女はずっと変わらない笑顔を見せる。
「2人目も絶対可愛い。断言する。ん? 私の前でよくそんな話できるねって? あはは、ごめんごめん……けどさ、俺が最低なヤツなのは、もう13年も前に分かりきってるだろ?」
「ううん、君は優しい人だよ」と少し寂しそうに彼女は言った。
「……いや、俺は優しい人なんかじゃないよ。最低にすらなりきれない、最低な男だ。悪役になるのが怖いだけ」
それから俺は、覚悟を決めて彼女を見据える。
「ごめん……だけど今だけは最低なクズになるよ……俺は……お前のことが好きだよ。愛してる。高校時代からずっと……今の奥さんよりも」
彼女は戸惑っていた。
「本当なら今頃は君と結婚していて、可愛い子供もいて……きっと幸せだろうなって思う」
「やめて」と彼女は辛そうに吐き出した。
「俺の事が嫌いになったなら、呪い殺してくれたっていいよ」
「何言ってるの」と彼女は泣きそうな顔になる。
こいつのことだけは絶対に泣かせたくなかったけれど……これでいい。
「ごめん……愛してる。だけどもう、会いには来ない。今日はさよならをしに来たんだ」
目を見開いて固まってしまった彼女に背を向けて、もうすっかり暗くなった墓地の中を歩き出す。
桃ちゃんの生まれた日は……最愛の女の子、侑葉の命日でもあった。
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