君の生まれた日

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「俺にとっても特別で、印象深い1日だったからね」  その言葉に嘘はなかった。  隣の家に、新らしい命が生まれた日。  そして俺の、最愛の彼女が死んだ日。  俺の言葉を聞いた桃ちゃんの嬉しそうな、期待に満ちた瞳を見て、俺の胸の中は罪悪感でいっぱいになった。  そう、あの日は穏やかな1日になるはずだった。  昨日の夜中から隣の家の奥さんの陣痛が始まって、家族ぐるみの仲だった我が家も騒々しくなっていた。  当時高校生だった俺も、得体の知れない緊張感に襲われ、恐怖という感情が強かったのを覚えている。  だから、当時付き合っていた彼女……侑葉(ゆうは)との約束なんて、馬鹿な俺の頭からはすっかり抜け落ちてしまっていた。  新たに産まれてくる命の尊さに触れ、感動しきっていた俺は、何度もあった彼女からの着信にも気づかなかった。  心配した彼女は僕の家を訪れようとして道に迷い、突然の嵐によって命を落とした。  近所の公園、今はブランコが出来た場所……雷が落ちた木のすぐ近くで、ボロボロになった傘と、感電死した侑葉の遺体が見つかった。  俺が自分の指を懸命に握る小さくも力強い、暖かな手に頬を緩めている間に、侑葉は不安を抱え、1人寂しく冷たい雨の中で死んだ。  きっと怖かっただろう。辛かっただろう。寒かっただろう……。  彼女は最期まで、一途に俺を想ってくれていたのだろうか? それとも俺を、恨んでいたのだろうか?  いっそ恨んで、呪い殺して欲しいくらいだ。しかし彼女が俺を、ましてやそうなってしまった運命でさえ、恨んでいるようにはどうしても思えなかった。  だって彼女はどこまでも優しい人間だった。  彼女は、生きることに対して執着がない人間だった。  そして今日、俺はそんな彼女に別れを告げに向かう。  ふと思い出してあの公園に寄ったのも、そこに桃ちゃんがいたのも、桃ちゃんが生まれた日、彼女の命日の話をせがまれたのも、偶然ではないような気がしていたから。 「久しぶり……会いに来たよ」  彼女の墓石の前で、俺は覚悟を決めて口を開いた。 [完]
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