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新たな日常
次の日、俺はいつも通りに学校へ来た。そしていつも通り、大きな鏡の前を通る。教室へ行くためにはここは通らなければいけないから。
《パタパタパタ___…》
俺だけの足音。の後ろにもう一つ重なる音。振り返らなくてもわかる。
「ヒナコ、だろ?」
恐る恐る言った。
「すごい、奏多。後ろにも目がついてるみたいだね。」
いや、鏡の前を通った瞬間に聞こえる足音なんて、ヒナコしかあり得ない。
「なんなの?もしかして俺、ずっと監視されなきゃなの?」
流石にこれからこれが毎日あると思うと、ここ通るのも嫌になりそうだ。
「監視…?監視してるの?私。」
変な質問返しに思わず振り返る。
「いや、質問されても…」
そう言うと、ヒナコがニコッと笑った。
「奏多、こっち向いてくれた。嬉しい。」
柔らかい笑顔でそんなことを言う。
そして唐突に、
「奏多、向こうに帰らないの?」
「は?」
何をまた変なこと言ってるんだろう。
「昨日も言ったでしょ。奏多はこっちじゃなくて、あっちの人なんだよ。」
またその話か。意味がわからない。昨日聞いた、俺が鏡の中に入ってしまった(?)話。家でもずっと考えていたし、家の鏡を何度も見つめた。けれども、いつも通り。何も変わらない。俺の日常の中で変わったことといえば、ヒナコの存在だけだ。
「いや、なに?誰かと間違えてるんじゃないのか?」
呆れるように言葉を放った。いや、ていうか鏡挟んでこっちの世界とあっちの世界とか、もうファンタジーでしかないだろ。中学生だからって舐めるなよ。俺は厨二病にはなってないんだ。他のやつをあたってほしい。
「あの…もういいかな、教室行って。」
「あ、うん。私は鏡の前から離れられないから、また奏多の方から来てもらえるかな?」
ヒナコは手を後ろに組んで、頭をコテンとかしげてそう言った。その顔はなんの屈託もなく、悪びれもない純粋な表情。俺はその純粋な表情に
「来るも何も…。ここ通んなきゃ帰れないし…」
と、嫌味をぶつけた。
だって、本当は通りたくない。あれだけ綺麗だと思った声は、もうすでに俺の中で聞くに耐えない音に変わっていた。
『待って___…』
あの時呼び止められた声は確かにヒナコの声だ。でも、今目の前にいるヒナコのハッキリとした声じゃなかった。何かに縋るような感じ。もっと静かな。俺を、俺だけを頼って見つけてくれたみたいな…。それが少し嬉しかったりもしたんだけどな。何か気の迷いだったかな。
踵を返して、教室へ向かおうとすると、
「奏多。」
また呼び止められる。
「奏多は___…」
なんだ?何か言いたそうだけれど、それ以上ヒナコは何も言わなかった。そこまで言われたら気になるんだけど…。
でも、ヒナコの表情に俺は目を奪われた。
とても悲しそうに、儚げに笑っていたから___…
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