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信長が帰って来れば、またあの様な事をされるのかと思うと、鳥肌が立ちそうで落ち着かない。返って出て行ってくれて良かったと思う程だった。
慣れぬ城と言えども、今の所特に困る事は無かった。慣れた侍女を連れて来るのを断られはしたものの、今朝方身支度をしてくれた新たな侍女に問題は無かった。
いつ帰って来るのか分からない夫を恋しく待つ気持ちなど無い。むしろ、この、居ない時を有意義に過ごす方が遥かに楽しめた。
本を読み、侍女を呼びこの城に勤める者の話を聞き、囲碁の相手をさせる。
そうこうしているうちに陽は傾き始め、夕餉が運ばれる時刻になったが信長の姿はまだ無い。
流石に気になり始めた。出る時女には合わないと言っては居たが、自分が気に入らず、慣れた女の所にでも行っているのだろうか、など、思い始めていた。
夕餉の膳が運ばれたと声が掛かり襖が開かれた。女中が入りその次に現れたのが信長だった。
思わず、不機嫌に「帰ってきたのか?」と言っていた。
信長が持つ膳は濃姫の前に置かれ、女中の持つ膳はその横に置かれた。
信長は横に座り、機嫌の良さような顔をし言った。
「魚を食べてみろ」
善には焼かれた鮎がある。魚を食べろと……見たところ何も変わりのない鮎。食べてみても特に変わった味でも無く、魚としてごく当たり前に美味しい。一体何の意味があるのか分からなかったが、「美味いか?」と聞かれたので、「美味しい」と答えた。
すると満足そうにその魚は信長が取ってきた物だと言った。なんの為に……と咄嗟に思ってもそれを聞く事はしなかった。単に川に行き、取ってきただけに違いないと思ったからだった。
信長は濃姫の一言で満足したらしく、それ以上聞く事も無く、無言のまま過ぎて行った。
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