33人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
「……姫か……そなたは、姫なのか…… 」
濃姫は無事に出産を終えたことよりも、産まれた子が姫であった事に涙した。
「母が、この母が、決して殺させはせぬ」
信長は濃姫出産の知らせを聞いた。耳にしたのは城からかなり離れた所。濃姫が身籠ろうが関係無く、好き勝手に動いていたが、流石に出産の知らせを受けると城へ、濃姫の所へと向かった。
部屋に入れば床に横たわる濃姫、暗く下を向く侍女。子の姿は……
「死産か。……よくある事だ…… 。だが男を産んだとは、濃の腹は使える。次、期待できるな。良くやった。ゆっくり休め」
信長はそう言うとすぐに部屋を出た。その後の姿を見た者は、誰も居なかった。
ひと月、ふた月と経ったが濃姫の産後の肥立は悪く、弱っていき、中々起き上がる事が出来なくなっていた。
しかし、出産を終えてから信長の濃姫に対しての態度は変わっていた。
交わす言葉は変わらず素っ気なく気の無いものだったが、毎日、間を見つけては様子を見に行っていた。部屋に花を絶やさぬ様、活けたのも信長だった。
幼き時より母と離され、一城の主として大人に囲まれ育てられただけに、素直に…情を表す手段が分からぬまま…来たのかもしれない。
茜に染まる空が、赤々く広がり障子越しに、外が燃えているかの様に見える。
「……早く……正室を、娶れ…… 。大うつけの夫は、もうよい…… 。帰る……」
「正室は濃が居る。要るとすれば側室だ」
「……そなたは、やはり、大うつけか…… 。眠る」
濃姫が息を引き取る日、最後に交わされた言葉。信長が部屋を出て行くのを見送ると、目をつむり、眠りに入った。二度と開く事は、無かった。
信長の正室として共に過ごした、二年に満たない期間だった。
最初のコメントを投稿しよう!