胡蝶の夢

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それは見事な朱の漆が塗られた鞘に、紫烏色(しうしょく)の柄巻。装飾は一切されていない質素な物であっても、質の良い物だと分かる霊気の様なものを放っている。 「娘の輿入れ道具に短刀を作らせるとは、(まむし)だけに、毒を寄越(よこ)したか。だがな、その刃は俺の血を吸う事は無い。それよりお前には、男児を産んでもらう役目がある。その為の存在だ」 「その様な事、承知の上で来てる。姫は要らぬと言うのか。この私の様に、政略に使える……」 信長は何がおかしいのか、両の口角を上げ見下げる様な視線を向けた。 「ふんっ…… 。お前の様にか、都合のいい捨て駒みたいにな。嫁がせたところで何になる。 蝮から持ち出した縁談。悪い話では無かった。俺は美濃の地が欲しい。いずれ家督を継げば一気に勢力を増し、織田が治める地が増えるだろう。美濃の蝮の娘。今はお前を正室として迎え、互いの家に威圧を掛けるより、同盟関係に収まった方が何かと有利と考えたのだろう。父上はな。俺は違う。 つまり、お前との間に男児以外は要らん。女は側室に産ませれば良い。正室の子は男。それが重要だ」 濃姫は心の中で歯ぎしりをしていた。眉が上がるふつふつと湧いてくる怒りを抑え、キッと信長を見返す。自分は三番目の娘であっても決して政略の駒ではなく、愛娘として豊かな愛情を受け育っただけに、父、道三の存在を踏みにじる様なものの言い方に無性に怒りを覚えた。 「かけをしないか、濃……… 。俺が腑抜けの大うつけ者であれば殺せばいい。お前にとって俺は役立たずだ。そのかわり、女が産まれたら俺が殺す。その短刀でだ」 「私を殺し、再び正室を娶るのか。お前の様な男に出す者が、温情豊かな我が父上以外、他に居るものか。しかも正室の子を」
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