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それで子を持つ女中に聞いた事があった。夫とする行為、前戯は要らないのでは…と。すると女中は柔らかな表情を浮かべて答えた。
「恋をすれば分かります。好きな人に触れて欲しいと思うのです。子を作る為だけにする物事では無いと、お分かりになりますよ」
その時は恋などと、できるものだろうかと思った。嫁ぎ先は親が決めるもの。たまたま夫となった相手に恋と呼べる様な淡い感情を持てれば良いが、現実はそうはいかないだろうと思っていた。
自分に求められるのは妻としての務め、夫の子を孕む事。特に男児を産む事を望まれ、そして、場合により実家に情報を流す。嫁ぎ先の家の者になろうとも、いざとなれば実家に加担する。どこまで行っても、自分は斎藤の家の者。道三の娘だと思っていた…が…
信長のしてくる口吸いは、知識として知っているものとは違う印象だった。
「少しは素直になる気になったか? ……言っただろ…三日ある… 。濃は女だ…どんに気を張ろうとも、女だ…」
瞬間に怒りが戻り湧いてきた。緩んだ唇を再び食い縛り、目の前にある目に向かい睨んだ。僅かでも自分の気持ちが緩んだのが悔しかった。その時信長が腑抜けの大うつけなのかは、どうでもよかった。ただ、この先、夫、信長が敗れるまで、共に過ごす事になるこの男の憎らしさ、正室となった自分への見下した態度が何よりも、憎々しかった。
「やめた。寝るぞ」
信長は懸命に遊んでいた玩具に、突然興味を失せた子どもの様に態度を豹変させ、ごろりと横になり、目を閉じ眠りだした。
濃姫は勢いよく起き上がり、その様子に呆れた顔をし、呑気に眠る信長の顔を見た。
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