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普段はハスに構える樹里愛の表情がパアッと明るくなったのは、この4歳の時の家族旅行が、母との数少ない楽しい思い出だからであろう。つまりこれ以降はあまりいい思い出がないのだが。
「お前、雪を初めて見て、氷を突き破るテンションだったよな」
「盛りすぎ。ああっ、子どものあたしマジ天使ー!ママもいる」
若き母の姿に、複雑な心持ちの樹里愛。
「美人だよね」
「ああ。でも死ぬ時まで勝手でよ。ひでえ女だよ」
娘を慮ってか妻を軽くDISる父を、樹里愛は気遣う。
「いいよ。中坊の頃はママを恨んだけどさ、今は女として少しわかるというか…んああっ、別にパパが男として最下層って意味じゃ…」
「俺もそこまでは思ってねーよ!凹むわこのヤンキーが、ったく…」
「ちょ、ヤンキーでなくギャルだっつってんべ。パパがギャルっぽい名前つけるからでしょ。気に入ってるけど」
「否!ギャルったらガングロにルーズソックスだろ。お前のカッコはむしろキャバ…」
「そりゃコギャル!時代よ!今もファッションでルーズ履いてるグループもあっけどさ」
「わからん!お前、違いを説明できんのか?」
「いや無理!ハハハっ!」
やはり樹里愛は母の死にも動じないのかと少々落胆する卓史であったが、大泣きされるよりはいいのかもしれない。
「ギャルっぽいってお前、その尊い名前はな、俺がこよなく愛するアルファロメオの歴史的名車から…」
「それな。その理由、ママは許したの?」
「バレた時1週間クチ聞いてもらえなかった」
「うわ、そこだけママに同意…あんなポンコツ車の名前じゃあね。アハっ!」
そのポンコ…ヴィンテージの白いロメオは卓史の愛車だ。樹里愛も日頃同乗している。
「ポンコツ言うか!貴重な1971年式ジュリア1750GTVだぞ。あー電装系修理しねえと。はあ…」
「どう見てもポンコツです本当にありがとうございました」
「そだ、お前が生まれてから、ロメオの『MiTo』っていう新型が出てさ。でもやっぱジュリアの方が好きだなって言ったら、美都にしこたま怒られてさあ。ったく偶然の一致で…あ、徳大寺先生式には「ジゥリア」だから、お前の名前も『慈雨後』の方が良かったか?あれ樹里愛どこ行った?」
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