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同時移植
3月3日火曜日午後10時過ぎ
愛募病院
◆ジリリリリリリリリリ……
白木小学校の方から非常ベルが鳴っている。かなりの騒音なので、近所の人や愛募病院の看護師が出てくる。曇天で月明かりが無く、街灯もほとんど無い為、かなり暗い。皆は懐中電灯で照らして歩く。
校門が閉まっている為、小学校に入れない。女性の看護師は仕方なく消防署へ電話を掛けた。
「救急ですか? 火事ですか?」
「白木小学校で非常ベルが鳴っています。誤作動かも知れません」
「分かりました。直ぐ向かいます」
近所の人達は校門が開いていないので諦めるが、1人の中年男性が校門の横のフェンスをよじ登ると、その後、2,3人が追い掛けるようにフェンスをよじ登った。
先頭の男性は駆け足で校舎まで行き、小学校の非常ベルではないと気付くと、旧白木幼稚園へ向かう。音の出所に着き、火事では無いと判断した。後ろから3人が走ってくる。懐中電灯で非常ベルを照らしながら話す。
「誤作動ですかね?」
「うーん……。雨漏りとかだと分かるんですが、特にそんな様子もないようですし……」
「誰かがイタズラで押したんでしょうか?」
「ちょっと調べて見ますか? 校舎内で遊んでいるかも……」
4人は特に相談することもなく、1人が旧白木幼稚園の階段を上りだしたので、他の3人は白木小学校へ向かった。3人は中庭から右の北側の校舎、真っ直ぐの中庭、左の南側の校舎に分かれようとした。その時!
「子供が倒れているぞ!」
「救急車……いや、病院はそこなんだが……」
「病院で先生を呼んできます!」
「警察に電話を……」
午後11時
愛募病院
夜遅い時間帯なので正面玄関はもちろん閉まっていたが、小園の父、松本陸は毎日のように海のお見舞いに行っている。迷う事なく裏口から入り、最初に出会った看護師に尋ねる。
「小園空の父親です!」
「御案内します!」
空のいる治療室に通されると母、亮子がいた。
「あなた……」
「亮子、空は?!」
亮子は静かに泣くだけで何の説明もしない。陸がベッドを見ると空は人工呼吸器をつけられていた。だが、いつもと変わりなく、むしろ綺麗な顔で、眠っているようだった。
「先生、空は?」
医者は静かに首を振り、答えた。
「脳死状態と判断しました。6時間後に他の先生が脳死と判断すれば、死亡が確定します」
「そんな……うわあああーーーー!!」
陸は空の足元で泣き崩れた。大人がこんなに泣く事があるのだろうかと言うぐらい泣き叫んだ。無理もない……この辺りでは誰もが知る、子煩悩な父親だったのだから……。
医者は少し時間を置いて話しだした。
「お父さん、お母さん、非常に酷な言い方になりますが、海ちゃんへの心臓と腎臓の同時移植を検討していただけませんか?」
「!!」
亮子は今、海の話をされても切り替える事など出来なかった。だが、陸は違った。海の話が出たとたん冷静になれた。海には空が必要なんだと。海は今日、余命1ヶ月と診断されていた。見た目は今の空と同じような状態だが、空はもう助からないのに対し、海は空の心臓を移植できれば助かる可能性がある。
「亮子、移植で良いな? せめて海だけでも助かって欲しい」
「……はい……」
「先生、お願いします」
「分かりました。連絡しておきます」◆
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