駆り出されサウダージ

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駆り出されサウダージ

 10月、時刻は夕方を越して夜に差し掛かかろうとしている頃…  今僕は、珍しくも友人と二人で、大学近くに位置するファミレスで夕食を共にしているところである。  いや、「珍しく」なんて言ってしまうと、まるで僕には普段、夕食を共に食べる友人が一人も居ないように聞こえてしまうが、決してそんなことはない。  大学の授業も後半に差し掛かり、前半とは違い『実験』のカリキュラムが導入されることでよりハードな学習内容となっている今日この頃…  「友人なくして単位の取得は難しい」と言われている、我が私立神野崎大学 工学部 生物化学工学科 では、何を置いてもまず、友人とのコネクションがマスト事項なのである。  なぜならそうすることで、協力して大学の課題やテスト勉強に取り組むことが出来るからだ。  僕もそれのおかげで、大学前期の単位はなんとか落とすことはなく、全て得ることが出来たのだが…  そのときに、実は今回同席している、友人であるところの彼女から、色々と試験対策の御指導を受けていたことは否めない。  そうなると、これから先も僕は、情けなくも彼女を頼ることになるのだろう。  友人としてこの少女に、頭を垂れながら頼るのだ。  しかしながら今日は、なんだかそれが、その関係性が、まるで逆になるような状況だ。  いや、逆にはならないか…  なぜならこれは、彼女にとってそれは、『頼る』というよりも『お願い』という皮を被った、所謂『命令』に近いモノなのだから。  その内容は、簡潔に彼女の口から、何も飾ることがなく言われたのだ。  「荒木君、文化祭の実行委員をやってみる気はないかしら?」  「文化祭の…実行委員…?」  その言葉は、エビピラフを食べようとしていた僕の口から零れ落ちたモノだった。  ついでにエビも落ちた…  「えぇ、もし時間に余裕があるのなら、是非とも貴方に、お願いしたいのよ」  「お前…そんな実行委員なんてやってたのか…しかも文化祭なんて…」  「私だって、別に好きでやっているわけではないわよ、頼まれたのよ、高校の時の後輩に…『人手が足りていないからお願いします』って…それで断ろうにも断れなくって…」  そう言いながら、彼女は自分の手元にあるパスタを、くるくると器用に取っていた。  そしてそれを見て僕もまた自分の手元にあるエビピラフを掬って口に運び、租借する。  そしてしばらく考えて、反応する。  「あーなるほどな、そういうことか…たしかにそうだよな…お前が自分から、こんな大学の花形イベントであるところの文化祭なんかに、しかも実行委員なんて形で参加するわけ…」  そこまで言って、僕はさっき、彼女が話した内容の一部を思い出す。  そしてその様子を見て、柊はいきなり、言葉の切れ目が悪いところで黙り込んだ僕を見て、不思議そうに首を傾げる。  「…どうしたのよ、荒木君。いきなり黙って…」  「高校の時の……?」  「えぇそうよ、高校時代の部活の後輩…まぁ今では学年が同じだから、あまり先輩風を吹かせるのもどうかと思うんだけれど…それでも何故だか、あの子の前だと格好を付けたいと思っちゃうのよね…困ったわ…」  そこまで話す彼女を見て、僕は恐る恐る尋ねてしまう。  まぁけれど、もうこのときには尋ねる前に、結論は出ていたのだ。  「ってことは…あれ…柊って今おいくつ…?」  「二十歳だけど、それがなに?」  そう言いながら、一つ歳上の彼女は、クスリッと笑いながら、僕を見た。  大学という教育機関は、中学までのような義務教育ではなく、また高校のような場所とも違い、全国の様々な場所から、様々な年齢層の奴等が集まる場所だ。  だから別に、同期の中で多少の歳の差が生まれることも、しばしばあることなのだ。  だから僕は、そんな彼女に対して、小言の様に言うつもりはないけれど…  やはり友人なら、思ったことは隠さずに言うべきなので、言おうと思う。  「あのな…そういうことは出来れば最初に言うべきじゃないのか…残念ながらもう僕は柊のことを歳上として扱うことが出来る気がしないんだけど…」  結局、小言になってしまった。  しかし当の彼女は、それを聞いても何も思うところが無いような声で、無いような表情で、応答する。  「あら、別にいいわよそんなこと。荒木君とだって学年は同じなんだし、それに今さら歳上扱いされる方が、なんか変な感じがして気が休まらないわ」  「…そういうモノなのか…?」  「そういうモノよ。それに私たち、そもそも出会いがあんなんだったんだから、そんなことにまで気が回らなかったのも無理はないでしょう?」  「あっ…」  柊のその言葉で、僕は思い出す。  彼女との出会いを、思い出す。  夏休み前の前半最終…  あれはどう考えても、散々な日々だった…  なぜなら僕は、今日この場に同席している僕の友人   自分のことを押し殺すことで他人をも惨殺するようになってしまった…  僕とは違い、殺人鬼の性質を持ってしまった少女…  それでいて今はもう、都合よくも普通の女子大生である、謂わば元異人  あの血の匂いが絶えない、青春の日々を共に過ごしたこの少女   柊 小夜  (ひいらぎ さや) に、殺されていたからだ。  ころされて、コロサレテ、殺されて…  それでいて僕もまた、死ねない身体の、不死身の体質を持った異人であるばっかりに、彼女との関係を持ち続けてしまっている。  あのときに、あんなことをされたのに…  あんな風に、殺されたのに…  未だに僕は、この柊という少女との関係を、裁ち切れずに大切に持ち続けてしまっているのだ。  出会い頭に殺されて、その後は付きまとわれて、それで最後も殺されて…  そんな咽返るような、血の匂いが絶えなかった、あの日々を思い出す。  女の子と共に、同じ部屋で寝た、謂わば青春の日々を…  僕はその柊の言葉で、思い出したのだ。  たしかに、あんなにも目まぐるしくて、あんなにも息苦しくて、あんなにも殺された日々の中では、僕はおろか…あのときは殺人鬼の異人であった柊も、それを気にすることは出来なかったのだろう。  あれはそんな感じの日々だったのだから…  そんな風に感傷に浸りながら、いつのまにかまた黙ってしまった僕を見て、柊はまた言葉を紡ぐ。  「まぁでも、こういう微妙な歳の差って、貴方みたいな人になら、案外便利に使えるのかもね…」  「…どういう意味だよ…」  そう僕が尋ねると、したり顔をしながら、ドリンクバーから持ってきたジュースを一口飲んで、彼女は答えた。  「わからない、もうもはやこの話は、私からの、一つ歳上の、謂わば人生の先輩からの、『命令』みたいなモノなのよ。だから貴方に断れるわけがないわ」  「寝耳に水の酷い理屈だな!っていうか、それは例えお前が同い年でも変わらねぇだろ…」  しかしそう言いながらも、あながち的外れでもない彼女の言動に、僕は結局のところ、従うことしか出来ないのだ。  だから投げやりに、僕は言った。  「あーわかった、やるよ、やればいいんだろ、文化祭の実行委員…」  「流石ね荒木君、まだ何一つとして詳しいことを言っていないのに、ただ歳上の私からの命令というだけで、全てを受け入れてしまえるその度量の広さ…感服すら覚えるわ」  「お前、さては僕のことを馬鹿な奴だと思っているな!!」  「思っていないわよそんなこと、けれど強いて言うなら、そうね…」  そう言葉を切りながら、少し考えた後に、彼女はあのときと同じような言葉を、あのときと同じような表情で言う。  「便利な奴だとは、思うかしらね」  その柊の言葉で、また僕も、あのときのそれを思い出してしまう。  だからきっと、こんな普通なら関わらない、そんな場所に駆り出されるとしても、それは仕方がないことなのだ。  だからせめて、抗うように、僕はあのときとは違う言葉で返す。  「そうかい…そりゃよかったよ…」  
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