元殺人鬼の悪い癖

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元殺人鬼の悪い癖

 時刻はお昼を差し掛かった頃だから、十二時かそのぐらいの時間だろうか。  僕は柊と大学内にある喫茶店に来ていた。  しかしながら大学内の喫茶店と言っても、別段特別にメニューが面白いわけでも、大学生向けに安価な値段で商品を提供しているわけではない。  とこにでもあるような、変わり映えのないメニューが、変わり映えのない値段で売られているだけだ。  しかしもしそんな中でも面白さを挙げろと言うのなら、我大学の名前、神野崎大学の名前が付いたソフトクリーム、『神大ソフト』が、二百円という比較的安価な値段で売られているくらいだろうか。  ただのソフトクリームに、チョコレートやらイチゴやらのソースが掛かってているだけなのだが、何故だかこの大学の名物になっているらしい。    そんなソフトクリームを注文して、黙々とそれを食べている柊と、その隣で紙コップに入ったコーヒーを啜る僕は、今一人の少女、柊の高校時代の後輩で、今は同輩であるこの少女...  花影 沙織 (はなかげ さおり) を、前にして居るのだ。    『便利な奴』と、そういう風に言われたあの日以来、そう日数を置かないうちに、僕は例の、柊の元後輩である花影を、紹介されることになった。  薄いフレームの赤渕メガネに、綺麗に切り整った肩口までの髪型で、それでいて服装は奇を衒わず、今の季節や流行を押さえた、大学内でよく見る女の子的な服装。  そして話し方は、初対面の僕や高校時代からの先輩である柊にも、なるべく適切丁寧な言葉遣いを心掛けているような、そんな印象が見受けられる、物静かな少女だった。  「小夜先輩、荒木さん、今回の話を引き受けて下さって、本当にありがとうございます。」  最初の挨拶もそこそこに、本題に入ろうとするその彼女の言葉は、なんだか少しだけ、たどたどしさを感じた気がした。  しかし彼女は、そう言いながら小さく僕たちに頭を下げるのだ。  それに柊のことを下の名前で呼んでいることから、この2人の間柄はかなり深いモノのような、そんな気もしてしまう。  これは...どう頑張っても断れそうにはないな...  そんな風に、そもそも最初からそんな気がなかった癖に、そんなことを考えながら、僕はその花影の言葉に返答した。  「あぁ...まぁ僕なんかでよかったら力になるけど...でもさ、こういう行事の実行委員って、前期の時から粗方人が揃っているモノだろ。そんなところに、こんな本番直前の時期から、まるで素人の僕が加わることに、一体何の意味があるんだい?」  そう、大学の文化祭ともなると、高校や中学までのそれとは違い、桁外れに人員数や仕事量が多くなるということは、まるでそのことを知らない僕でさえも、容易に予想が出来ることだった。  有名人を呼んでの座談会や、ステージ設営の手配、新しい企画の立案に、各サークルの露店販売の申請などなど…  そもそも規模が違うのだ。  そんなところに、まるでそれらの経験がない僕なんかが参加したところで、何か出来るモノなのだろうか…  しかしそんな僕の問に対しての返答は、思っていたよりも気楽だった。  前に座る花影は、ニッコリと笑いながら、応えてくれる。  「荒木さん、そんな風に考えくれていたんですね。ありがとうございます。そうですね、たしかにその通りです。実を言えば人員も仕事も、今の段階で粗方問題なく、ちゃんと目処が立っているんです」  「えっ…じゃあどうして、僕を…?」  そう僕が言いかけたところで、横に座る柊がいきなり横槍を入れて来る。  「荒木君、沙織の話をちゃんと聞いていなかったの?沙織もダメじゃない。この男はちゃんと言わないとわからないわよ?」  「…」  「…」  その言葉で、一体何のことだかわかっていない僕と、苦笑いをしながら反応する花影。  そしてこのときは、どちらもまるで違う心境で、同じように言葉を失ったのだろう。  そしてそんな僕たちを見て、少しため息をつきながら、どうやらソフトクリームの方は食べ終えたらしい柊が、話し出す。  「文化祭が行われるのは十月の末を最終日に据えた2日間。つまり初日は十月三十日なのよ」  「あぁ、まぁそうだな」  「それで荒木君、今日は何日かしら?」  「今日は…えっと…」  唐突に言われたので、携帯で日付けを確認するのが遅れてしまう。  しかしそんな僕よりも、前に座っている花影がすぐに答えてくれた。  「十月十日です…」  「そう、つまりもう本番までに、二週間と少ししかないの。それなのにこの今の段階で、仕事がほとんど終わっていなくてはいけない筈の今の段階で、仕事どころか人員も、という状況なのよ」  「あっ…」  そうか…そういうことか…  そんな風に気が付いた僕の反応を見て、前に座る花影は、何か取り繕うのを諦めたかのように、話し始めた。  「小夜さんのおっしゃる通りです。例年であればこの時期は、設営以外の仕事は完璧に終わってなくてはいけない筈なんです。ところが数ヶ月前から少しずつ、仕事の遅れが出て来てしまっていて…気が付いた頃には、もう今居る人達ではカバー出来なくなってしまっていて…」  「具体的には何の仕事が、どのくらい遅れているの?」  「パンフレットの印刷と、露店販売に参加するサークル名簿の整理と、あと…」  「あと…?」  「開催二週間前から、参加サークルへの事前訪問をしなくていけないんですけど、そちらに回せる人員がなくて…」  「なるほどね。つまり私達は、その遅れている仕事と、二週間前から始まる事前訪問を手伝えば良いってことよね?」  「はい…その通りです…」  そう言いながら、花影はまた苦笑いを浮かべていた。  そしてそれとは対象的に、余裕そうな顔で彼女を見つめて、柊は答えた。  「…わかったわ、その仕事、私と荒木君が引き受けてあげる」  そう答える柊の表情は、なんだか少しだけ大人美て見える気がした。  けれどもその表情は、きっとこの前僕に話した、柊の悪い癖なのだろう。  そう、彼女はただ、後輩の前では格好良く在ろうとしているだけなのだ。  たとえそれに、僕が関わることになろうとも…  
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