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旅人は遠路に花掛ける
日曜日、あまりにも急な話かもしれないが、僕は今、横浜駅前に位置するとある商業施設に来ている。
いや、まぁそうは言っても、先日花影と話した時に、結局僕と柊は、彼女に協力することになったわけで...
それでもって今日は、その文化祭の実行委員で使うであろう様々な道具を買い揃える為に、この場所に来ている。
だからそう考えると、別段僕にとっては急な話というわけではなくて、むしろ明日からは本格的に仕事が始まるため、その前日にあたる今日に買い物を済ませておくことは、僕にとっては普通のことで、当たり前のことなのだ。
しかしながら...
しかしながら、別に『様々』と言っても、そこまで多数のモノを買うわけではない。
強いて言うなら、ノートパソコンとその周辺機器くらいだろうか。
実は先日、文化祭実行委員の業務内容の一つであるデスクワークの大半は、皆自前のノートパソコンを使用するということを、花影に言われたのだ。
データ流出等の危険性を未然に防ぐ為の試みだそうだ。
まぁしかし、これに関してはもうそろそろ大学で貸し出されている物を使うのではなくて、自分専用のモノを買うべきだとも、思っていたところだった。
後期からはカリキュラムに『実験』が含まれたことで、その実験に関するレポートを、毎週作成して提出しなければいけないのだ。
そうなると流石にその都度大学にパソコンを借りるのは、非効率だし面倒くさい。
そう考えると、どちらかというと、実行委員の仕事のためというよりも、自分のこれからの生活の為に買うといった方がしっくりくる。
どうせ長いこと、使うであろう機械なのだから。
「ん...あれ...?」
そんなことを考えながら店に入ろうとすると、丁度目の前に、周りの人達とは一風変わった姿をしている女の子を見つけた。
まぁ『変わった姿をしている』と言っても、その姿がまるで人間離れしたモノであるとか、そういうことは一切ない。
姿というのは、いわゆる見た目というか、服装という意味で、その女の子の服装は、他の人達とは違い、着物姿だったのだ。
そう、昔ながらの、まるで日本の昔話に出てくるような、童話に出てくような、色あせた着物。
そしてそれでいて、周りからはそれを不審に思われていない様な、そんな風貌の、中学生くらいの年齢の女の子。
もしもその子が、見知らぬ女の子であるならば、僕は声を掛けないだろう。
しかし僕は、その女の子が見えて、そして知っている。
意図しない形で、あんな茶番染みた結末だったけれど、それでもアレは、僕と彼女の大切な思い出なのだ。
だから僕は、その目の前の少女に声を掛けた。
「こんなところで何をしているんだよ...若桐...」
そして声を掛けられた彼女は、こちらをくるりと、着物を揺らして振り返りながら、僕を見て言ったのだ。
「...荒木さん...お久しぶりです」
微笑む様にして笑いながら、瞳に涙を浮かべながら、旅人の異人であった童女 若桐 薫 (わかぎり かおる)はそう言った。
着なれた着物を着こなして、まるで童話に出てくるような、不思議な綺麗さを持っていた少女。
あの夏休みの熱海旅行で遭遇してしまった、想い人の思いによって重さを与えられてしまった、旅人の異人となってしまっていた幽霊の少女。
そして今でも、その後遺症のせいなのか、成仏出来ずに様々な所を旅する浮遊霊的な何かになってしまった...
そのせいで、彼女は僕以外からは、認識されることはない。
そこに彼女が居たとしても、そういう風には誰も見ない。
そんな存在に、そんな概念に、彼女は成ってしまったのだ。
しかし...
しかしそれでも、そんな、怖くない筈がない自分の状況でも、彼女は外を見たいと思いを馳せて、遠路に花を掛けるのだ。
高貴で高尚な、桐の花を...
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