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ハロウィン近し悪戯の祭典
時刻はお昼を過ぎた十五時頃
目的の物は早々に買い終えて、そんなに時間を使わずに帰るつもりだったのに、どうやらそういうわけにはいかなくなってしまったみたいだ。
なぜなら今、僕はその浮遊霊的な彼女を連れて、普段なら確実にスルーしているであろうパンケーキのお店に、来ているからだ。
いや...この場合、連れて来られたのはむしろ僕の方なのだろう。
僕と一緒に居なければ、誰からも認知されることがない幽霊的彼女は、とりあえず今は、事ここに至っては、普通の客として周りから認知される。
それはあの時の最後もそうだった。
だから彼女は、あのときも僕と一緒に、電車に乗ることが出来たのだ。
だからなのだろう…
だから彼女は、僕と会ったことをいいことに、今日まで彼女がずっと入りたいと思っていたお店に、僕と共に入ったのだろう。
そして今まさに、目の前に座る彼女は瞳を輝かせ、そのお店のメニュー表を見ているのだ。
そんな彼女に、僕は少しだけ戸惑いながら、声を掛けた。
「なぁ、若桐...」
「なんですか?」
瞳を輝かせながら、しかしその視線はお店のメニュー表に注がれて、僕には一切目もくれず、若桐は応答する。
「いや...ご満悦の表情でメニューを見ているところ悪いんだけど、僕あまりこういうお店は来ていなくて...その...勝手が分からなくて困っているんだけ...」
そう言いながら、自分でもわかる程に変な緊張をしながら、最初に運ばれてきたお冷に口を付けていると、目の前に座る彼女は、僕の方を一切見ないでこう言った。
「大丈夫ですよ、荒木さん。なにも心配は入りません。あなたはただ、久しぶりにたまたま道で再会した友人に、パンケーキを御馳走すればいいのです」
「えっ...ちょっとまって...話の内容がもはや誰も追いつけない様な、光の速さで進んでいるように思うのは僕だけかな?」
「そうです、あなただけです」
「すげーなお前、言い切ったよ...」
そう僕が言うと、若桐はメニューを閉じて、今度はちゃんと僕を見て、こう言った。
「まったく、荒木さんは私達のあの感動的な夏の思い出を忘れてしまったのですか?読者の皆さんはちゃんと付いて来てくれていますよ?」
「ちょっとまって読者ってなに!?まさかこの世界は小説か何かなのか!?」
「何を言っているんですか?まさか今さら気が付いたのですか!?私はもうとっくに、荒木さんと出会った時から、ちゃんと気がついていましたよ?」
「うそつけ!!そんな筈があるか!!」
「いいえ、荒木さん。これは事実です。なんなら確かめてみますか?」
「確かめる…って、そんなもん一体どうやって確かめるんだよ…」
「簡単です。」
そう言いながら若桐は、徐に、それでいて大袈裟に、店員さんを呼ぶために手を挙げて、そしてその呼んだ店員さんが僕達が居るテーブルに来る前に、彼女は声高らかにこう言ったのだ。
「デラックスパンプキンパンケーキ!!!!!!」
その値段、一皿二千五百円の代物である。
「なぁ若桐…さっきのはどういうつもりだったんだ…?」
僕は目の前で例のパンケーキを頬張っている、その姿には似合わない様な着物姿の童女を見て、彼女に問うた。
しかし肝心の彼女は、まるでなにもわからないような素振りをして、僕に問い返して来たのだ。
「何がですか?」
「いや...だから、なんで大声でそのパンケーキを頼むことが、僕達のこの世界が小説では無いっていうことを確かめることになるのかって、聞いてるんだ。」
「あぁ、言いましたね、そんな与太話」
「与太話!!??」
「えぇ、そうですよ。そりゃそうでしょう、まさか荒木さんはあんな御話を本当に信じて、この私達の世界が本当に小説なのではないかって、本気で不安になられたのですか?」
「おまえ...初めて出会った頃はもっとなんかそんな捻くれて居なかったじゃないか!」
「そう言われましても...まぁ、人は変わるモノなので...」
「幽霊がそれを言うのか...」
「幽霊といえども、元は普通の人間です。でもそうですね...」
そう言いながら、彼女は話しながらも食べ続けて居たパンケーキの、最後の一切れとクリームを食べ終えて、彼女はそこで言葉を切った。
「こんなに美味しいモノを頂いたので、せめてさっきの与太話の真意くらいは説明しましょうか」
そして口元のクリームを拭きながら、彼女は話し始めたのだ。
「まぁ、説明すると言っても、実はそんなに難しい話ではないんです。単に『モノの見方が肝心』と言うだけの話で...先程私が大声で注文をしたとき、おそらく読者である方達...いいえ、もっと言い方を変えましょうか、そうですね...ここは簡単に、『第三者』とでも言いましょう。その方達には、私が奇想天外なことをしたように見えたかもしれません。当たり前です。なぜなら私は、『なんなら確かめてみますか?』とその話を促した後に、いきなり大声で、メニューを叫んだのですから。」
「あぁ、まぁその通りだな...ってかその言い方だと、その当事者であるところの僕は、それをまるで驚くはずが無いと言っているように思えるのだが...」
そう僕が言うと、若桐はコクリッと頷いて、言葉を続けた。
「えぇ、そうですよ。本来なら荒木さんは、私と会って、二人でこのお店に入っているのだから、当事者であるというか、私の相手である筈の第二者にならなければいけない筈なのです。そして第二者である筈の貴方は、私がパンケーキを頼んだことに、驚くべきではないのです。なぜならそれは、店に入ったことを誰よりも近くで確認している貴方が、一番わからくてはいけないことの筈ですから」
そう言いながら、僕をジッと見つめる若桐を、僕もまた、不思議な感覚で見つめていた。
そしてそのまま、僕はさっきの自分の行動を確認するかのように、呟いた。
「それなのに...それなのに僕は、あの時の若桐の行動を、まるで読めなかった...それどころか、あんなことを言い出すことを、まるで想定していなかった...」
そう言いながら、少しばかり考えた。
たしかにあのとき、彼女の声量に少しばかり驚いたのもあるけれど、どちらかというとそうではなくて、その内容に驚かされたのだ。
そしてそんな僕を目の前に、彼女はようやく、結論を言葉にしたのだ。
「そうですね...つまり、『すり替え』です」
(すり替え...)
そう思いながら、しかしなにも言えぬまま、僕は息をのみながら、若桐の話を聞いていた。
「荒木さんは先程、ありもしないであろう私の与太話を境目に、実は第二者から第三者にすり替えらていて、見方を意図的に、少しだけ変えられていたんです。まぁでも、『読者』という単語を今回は使ったので、誘導の仕方は少しばかり露骨でしたけど、それでも人は、言葉一つ、話し方一つで、見方を意図的に変えられてしまえるモノなのです」
そう言い終えると、また若桐は水を飲み、そして最後は、少しばかりの微笑を含ませて、こう締めくくったのだ。
「でもこれは他愛ない、あまり価値の無いやり取りなので、そんなに深刻に捉えて頂かなくて結構です。そろそろハロウィンも近いらしいので、ちょっとした悪戯をしてみたかっただけというのもあります。だからその...これに懲りずに、また声を掛けて下さいね、荒木さん」
その時の表情は、たしかに少しだけ悪戯っぽさがにじみ出ていたけれど、それでも僕は、言葉では「勘弁してくれ」と言いながらも、ちゃんとお金を払うのだ。
本当は存在しない筈の...
居ない筈の、彼女の分も...
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