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▶︎(1通目)「"御曹司" 急募の件」
____何故、こんなことに。
平日早朝のチェーン店のカフェは、今から出勤を控えた人々が、パソコンやタブレットと難しい顔で向き合う姿が多い。
朝から晩までこんな風に働きづめるのは日本人くらいだ、とよく耳にする理由は、こういう何気ないシーンにも凝縮されている気がする。
そして例に漏れず、私、榛世 あすみも、その理由を助長する1人だ。
なんなら、この空間に居る誰よりも険しい顔で仕事に向き合っている自信がある。
大きく息を吐き出して、数十分前に注文したホットコーヒーの入ったタンブラーに口を付けつつ、メールの受信ボックスをチェックする。
社外からのメールを優先して確認していく中で「よく見知った差出人からのものだ」、と。
「っ、ごほ、」
気づいて、件名を確認した瞬間、盛大にむせ込んだ。
慌てて片手で口元を抑えたけど、胸と喉の苦しさはそんな簡単には収まってくれない。
気休めに胸元をトントンと叩いて落ち着かせつつ、再びそのメールに視線をやる。
━━━━━━━━━━━・・・‥‥……
【件名】「"御曹司" 急募の件」
【本文】お世話になります。橋羽未です。
表題の件、やっぱり王道オフィスラブは
御曹司(社長の息子など)と偶然、
運命的な出会いをするところから。
プロローグ、こんな感じ?
今日、初出勤でしょ?
よろしくお願いします。
まずは、御曹司を探せ!
……‥‥・・・━━━━━━━━━━━
どんな件名だ。
今、本当に会社に居なくて良かった。
こんなの例えば会議中に送られてきて、他のみんなに見られたらと想像するだけで泡を吹く。
「…御曹司…」
文字通りに頭を抱える。
そうして、言葉を繰り返す。
________何故、こんなことに。
溜息と共に再び少し喉に流し込んだコーヒーは、相当温度を失って苦味が際立っていて、顔を歪める要因を自ら増やしてしまっていた。
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