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まあ座ってよと、椅子に誘導されて渋々、まだまだ楽しそうな様子の女と、小洒落た背の高いテーブルを挟んで、向かい合うように腰掛ける。
「そもそもさあ。
オフィスで働いたことも無いのに、オフィスラブが書けますか?って話だよねえ。」
「それは、まあ…」
でしょ?と同意を強固なものにすべく念押ししてくる女は、愛らしい笑顔でこちらを見つめている。
ハイトーンのミルクティーベージュ色の髪を、肩の上でふわりと揺らしながら「あー美味し」と、朝のコーヒーを味わう私なんかより全然、歳下の女の子。
橋羽未 サチ。
この名前を、最近よく世間で耳にすることが増えてきた。
その度に私は、こっそりガッツポーズをしている。
ずっと前からSNS界隈では随分人気で知られていたけれど、それが"世間一般"となると、周知のハードルは、ぐんと高くなる。
「サチ先生、まだ23歳だもんなあ。」
「なあに改まって。そうだよ?
なんなら、あすみちゃんに出会った時は
大学生で19歳とかだったんじゃない?」
「こわ!!」
時の流れに怯えて大きな声を出す私に、彼女はいつも愉快に笑いかけてくるから、結局釣られてしまう。
初めは、顔も本名も年齢も、なんなら性別だって、
何も知らなかった。
大手出版社に新卒で入社した私は、デジタルコンテンツ(電子媒体)部の小説ノベルチームに配属されて。
第一志望は、やっぱり誰もが憧れる文芸編集部だったから落ち込んだりもしたけど。
出版業界が激務だなんて、それこそ"世間一般での周知の事実"みたいなもので、初めから覚悟もしていたし、「いつか異動するためにも、とにかく社畜やってやろーじゃん」くらいの意気込みを持ち合わせていた。
闇雲にがむしゃらに突っ走っていた。
特に、デジタルコンテンツ部は仕事の幅が劇的に広い。扱うのは時代の流れでどんどん変化していく媒体だし、人々の日常にとても近いからこそ、能動的な変化を積極的に求められている。
目まぐるしく変わるトレンドを見逃さないようにSNSチェックも欠かさず、特に新人時代は何か新しい作家さんとの出会いになるかもと、血眼になって毎日あらゆるツールを徘徊した。
「最初あすみちゃんが私に送ってきたDM、
すっごい長かったなあ。」
「掘り返さないでよ。」
_____そして出会ったのが、彼女だった。
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