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「え、このオフィス綺麗すぎません?」
「奈良、早く原稿出して。」
「何をそんな怒ってんすか。
苛々は肌に良くないですよ。」
どの口が言ってきてるの。
ジロリと眼光鋭く隣を見ても、奈良はまるで口笛でも吹きだしそうなくらい、珍しくご機嫌な様子でノートパソコンをバックパッカーのようなごついリュックから取り出す。
広めのデスク席に横並びで奈良と座っているこの空間は、紛れもなく私がずっと利用させてもらっている○○さんのオープンオフィスだ。
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『土方さん、本当にすみません…!!』
『いえいえ。
見かけない顔だなと思いながら横を通ろうとしたら"榛世さん"って電話で話されてるの聞こえて、つい話しかけてしまいました。
奈良さんには伝えましたが、是非お二人で今日はオープンオフィスをご利用ください。沢山の方に使っていただいくのがこのプロジェクトの本筋ですし。』
『ありがとうございます!うちの先輩、頭かたくて。』
こ、この男……、
土方さんの優しすぎる提案に乗っかる奈良をとりあえず睨んでから、視線をずらすと側に立つ南雲さんと目が合った。
__"それとも榛世さんにとって、重荷になってますか。"
さっき、会話は半端に終わってしまっていた。
私が、彼の質問に答えていないままだ。
『南雲も、色んな方に利用していただいたら助かるだろ。』
『…そうですね。是非また、感想教えてください。』
土方さんからのパスを、いつも通りの柔らかい笑顔で受け止めた彼は、私と奈良に向かってそう告げて、おそらく同じ部署の方に呼ばれて立ち去ってしまった。
それと同時に当然逸らされた視線に、心を指で直接触られたようなリアルな微痛を感じた気がした。
後ろ姿でも、すらりとした長身が分かるそのシルエットが小さくなる様子を見つめてしまいそうになって、咄嗟に奈良に「ほら仕事するよ」と声をかけた。
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「榛世さん、今日機嫌悪いでしょ。」
「何で?」
「苛々してるから。」
「いや、それは奈良のせいだから。」
「えー、俺が勝手すんのなんかいつものことだし、とっくに榛世さんは耐性あるじゃないすか。」
また堂々と、一体何を言い出すのかと反論したいのに。
的を外し過ぎないところもまた、厄介だ。
飄々としたいつもの低いテンションのまま尋ねてくる我が後輩は、言い渋る私に「しょーがないなあ」と笑って自分のパソコンを操る。
「これ。浜松先生から。」
「…え?」
そして奈良が画面に表示してくれたのは、PDFファイルだった。
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