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「…なにこれ?」
「今日浜松先生、うちの部までいらっしゃったんです。」
「え…!?」
焦りと驚きから、自ずと声が大きくなる。
今日は打ち合わせの予定なんか入って無かったはずだ。勿論、原稿を持ち込みたいなんて話も私は何も聞いてない。
何かあったのかと、不安な表情になっていく私とは反対に奈良は楽しそうに口角を上げる。
「先週、原稿落として会いに来てくださった榛世さんに吐き出した弱音を、撤回したいそうですよ。」
「…え。」
『商業作家"は、やっぱり難しいですね。一作目の時から、本当はずっと苦しい。
趣味一直線で、好きに書いてたあの頃みたいには、キーボードを叩けない。思い知りました。』
「暗に"作家として覚悟が何も出来てない"って認めた自分が恥ずかしいし、他にも良い作家さんなんか山ほど居るのに、榛世さんに見放されたら困るって。」
「……」
奈良の話を聞きながら改めて見つめた画面が映し出す沢山のメモのスキャンデータ。
そこに殴り書きのように羅列されている文字の筆跡を、私はよく知っている。
「…これ、土日で考えまくった作品の設定書だそうです。何か一つでもビビッとくるものがあれば連絡欲しいそうですよ。
ほんと、すんごいメモの数で、何故かこの時代にアナログ手書きだし。」
「…浜松先生は、プロットとかもまずノートにされるから。」
「プリンターでちまちまスキャンしてるうちになんか、これ見たら榛世さんどんな顔すんのかなって奏さんと話になって。」
刺客の差し金は、うちの部長らしい。
ほんと、それに楽しそうに乗っかる奈良は、絶対に奏さんに似てきたと思う。
でも、その文句を言うよりも先に。
浜松先生がきっと、沢山の葛藤とかそういうものを込めてぶつけた文字たちが視界の先で滲んで見えた。
「…奈良、このために来たの。」
「先輩のこと癒すって言ったじゃないすか。」
「奈良のこと、要領だけ覚えた怠そうな後輩とか思っててごめん。」
「それは本当、ちゃんと謝ってください。」
後は叙々苑奢ってください、と高級焼肉店を強請ってくるちゃっかりした後輩に、熱くなった瞼から何か溢れ出しそうな予感を誤魔化すように、目尻を擦りながら「対価にしては大きすぎるから却下」と跳ね除けた。
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