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“まあでも浜松先生みたいに、苦しい時は苦しいって言ってくれると助かるかもね。こっちも気が付く。"
「確かにそうですね。」
“あんた今日は、どういうスケジュール?“
「朝一でうちのギャラリーに寄ってから、○○さんのオープンオフィス向かいます。取材もあるので。」
“ギャラリー、リニューアルするんだっけ。"
「はい。○○さん、リニューアルを請け負いたいと仰ってくださってて、その話を持ち込む前に情報を集めたいとのことです。」
"それは勿論、こっちもお世話になってるんだから、出来うる範囲で協力しなさいね。“
『…やっぱり早急にギャラリーの者に色々リニューアルの件は確認してみます。
そうすれば、南雲さんも直接、うちの担当者とやりとり出来てラクですよね。』
奏さんからの至極当然かのような指示に、自分の発言を思い出して、うまく反応が出来ない。
「……私は、ギャラリーから開示できる情報を仕入れて、連絡先と一緒に○○さんの担当の方へお渡しできたら、それでお役御免です。」
“はあ?薄情な奴。“
「……ギャラリー行ってきます。」
明け透けな低評価を受けて、それはそのまま自分のダメージとして正面から食らって、苦い声のまま電話を切った。
もう目と鼻の先にみえている目的地へ向けて止めていた足を再び踏み出す。
この辺りの、オフィス街の隙間から勢いよく吹き込むビル風は、容赦が無い。
"冬は早朝が趣深い"なんて昔の人は言ったらしいけど、こんな風に冷気を含みすぎた風に煽られてしまう
現代には、何も当てはまらない気がする。
肩をすくめて自然と身を縮めて足を進めるその間にも、頭にこびりついた声を手繰り寄せてしまう。
『俺が、榛世さんと話したいだけです。』
私は最近、どこかおかしい。
あの穏やかな表情や言葉を思い出そうとする度、ずっと心臓が騒がしく収縮を繰り返して、落ち着かない。
昨日からは、もっとおかしい。
『それとも榛世さんにとって、重荷になってますか。』
コーヒーメーカーの前で、手伝って欲しいと声をかけてきた彼に、"薄情な"発言と、失礼な態度を取ってしまった。
南雲さんはいつも通りの笑顔を見せてくれたけれど。
例えばこのまま、あの時の不審さに何も触れなくても、優しい彼は変わらず、笑ってくれるのだろうか。
『こんな格好いい男でさえ、苦戦してたんだもんなあ。』
___そうして私も、
いつもみたいに笑えるのだろうか。
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