▶︎(4通目)「嫉妬は急接近に必須な件」

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◽︎ オープンオフィスは、今日もいつも通りとても快適な空間なのに、集中力がうまく続かないのは完全に自分の所為なのだと自覚している。 「…だめだ、」 深く静かに息を吐き出して、徐に立ち上がる。 タンブラーを持って、もう慣れ親しんだルーティンのようにコーヒーメーカーへ向かおうとすると視界の先に、タブレットを覗いて何やら話し込んでいる南雲さんと古淵さんが居た。 ギャラリーの件も、早く共有した方が良い。 そう頭では思いながらも、足が何かの呪いでもかけれたかのように、進まなくなってしまった。 ぎゅ、とタンブラーを握り締めたら一緒に胸も締め付けられる思いがする。 やはり出直そうと踵を返した拍子に 「榛世さん。」 「、」 私の名前を呼ぶ、鈴の音のような可愛らしい声に動きが止められた。 「…保城さん。」 「お疲れ様です。」 _____ちょっとお話、できますか? 丁寧にカールされた長い睫毛に縁取られた瞳を愛らしく細めつつ笑顔を見せる彼女は、ブラウンベージュのフォーマルワンピースにスニーカーという、昨日と同様抜け感のある身のこなしが、よく似合っていた。 ◻︎ 「私は自社で、”オフィス運営委員会”というものに所属していて。 リニューアルした後も会社での働き方を考えていくチームなのですが、実際にこうしてオフィスの在り方のお手本を見ると、とても勉強になりますね。」 オープンオフィスのエリアに戻って、向かい合って座った保城さんは、自身の仕事について丁寧な説明をしてくれる。 視線が自然と交わると、やはり花が咲いたように笑って、可愛らしい色のリップが塗られた唇が弧を描く。 そんな彼女は、サチ先生の作品も読んでくれているらしい。 「榛世さん、取材の中でこっそり恋愛エピソードも集められてると風の噂で聞きました。 この会社の皆さんから着想を得て書かれる橋羽未先生のお話、楽しみです。」 「ありがとうございます。 素敵なお話を沢山伺えてます。」 「次はどの部署の方の取材されるんですか?」 「まだ分からないですが……古淵さんから立候補いただいてます。」 多分彼は、私が恋愛にまつわる取材もしていることを知らないとは思うけれど。 そう伝えると、「古淵さんかあ」と楽しそうにまた相好を崩す。 「あの方のお話は、いろんな意味で凄そうですね。」 「保城さん、古淵さんとお知り合いなんですよね。」 「……何か聞かれました?」 「合コンをした仲、だと。 すみませんご本人がいないところで勝手に。」 「それを伝えてる古淵さん、目に浮かびますね。 懐かしいです。とてもカオスな合コンでした。」 当時を思い出して微笑む保城さんは、その何気ない所作までも可愛らしい。 「でもあの合コンで私ほとんど発言してないし、印象残ってない気がします。」 「…いえ、高い壁だったと仰ってました。」 「え?」 「保城さんのこと。」 古淵さんから聞いた言葉をそのまま伝えたら、元々大きい瞳が僅かにまだ開かれた。 「……高い、では無いと思います。」 「…」 「高いとかそんなものではなくて。 あの頃、私はただひたすらに"分厚い壁"をつくっていたと思います。 仕事でも、恋愛でも。 ____誰に対しても、そうでした。」 そして彼の言葉を自分なりに咀嚼したらしい保城さんは、どこか困った笑顔に変わりながらそう告げた。
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