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「…私も南雲さんも、全然素じゃなかったってことですね。それは向き合うことが基本の恋愛において、致命的ですよね。」
「……」
「急に、ごめんなさい。
榛世さんにとって、全く関係無い話だったとしたら忘れてしまってくださいね。」
お時間取っていただいてありがとうございますと、笑って立ち上がる彼女を咄嗟に呼び止めた。
「…関係無い、筈なんです。」
「……」
彼女へ戸惑いを溢す間も、胸に確かな痛みを感じ続けている。
仕事以外に心が奪われるのは、
私が決めた"あるべき姿"とは違う。
でも。
「…っ、どうしたら良いか、分からないです。」
『それとも榛世さんにとって、重荷になってますか。』
それはあの人に傷をつけても突き通すべきものだと、簡単に、振り払えない。
だってそれなら、目の前の彼女との関係も、頭の片隅で、ずっとずっと気にかかったりしない。
今説明を受けて、どこかホッとしている自分も居る。
それだけじゃない。
『これ以上踏み込みすぎると嫌がられるかもって思う時もあるけど、俺はあの人に関することは、余裕が無い。
格好悪くても動きたいって思うし、大人ぶって待つのが全然出来なくて、困る。』
____どうして、「嬉しい」なんて、思うの。
じわっと急速に視界が揺らいでいった。
焦りから片手で目元を覆っても、瞼に膨らみを感じてそろそろまずい、と悟る。
自分の覚悟が、確かに崩れていく音がする。
「……榛世さんは、やっぱり、私と重なってしまうところがある気がします。だからこそ私がもう少しだけ、その壁を壊しても良いですか?」
優しく優しく語りかけるみたいな声で、尋ねられてることはあまり平和的では無い。
俯く私を覗き込む保城さんは、また言葉を重ねた。
「___その"自分"は、
ご自身で心から望まれたものですか?」
「、」
繰り返された言葉が鼓膜を揺らした瞬間、いよいよぽた、と頬を滑り落ちるものに気づく。
慌てて拭おうとすると、後ろから腕を引かれた。
「遅いです南雲さん。」
「そんな穏やかな笑顔で、この人のこと泣かせないで。」
「ごめんなさい。
じゃあ、後はどうぞよろしくお願いします。」
目が合った彼女は、柔らかい笑顔だけを置いて立ち去ってしまう。
その背中を見つめる間も、右腕を掴まれた一部分だけが熱を帯び続けた。
「榛世さん、ちょっと外に出られますか。」
尋ねられて視線を上げると、いつも通り綺麗な瞳に、どこか焦りを孕んだ南雲さんと視線が交わった。
はい、と微かに答えて私が頷くのを確認してから、優しい引力はそのままに、前を歩いて出口へと向かう。
音も立たず溢れていくものをこっそり拭っている筈なのに、この人らしい導き方に、また涙が出た。
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