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私だけを閉じ込めてくるみたいな近い距離の垂れた瞳が、柔らかく細まるその一部始終に動悸がより一層激しくなった。
「な、南雲さん?」
「榛世さんは、案外泣き虫ですね。」
「……あまり言われたこと無いです。不覚です。」
感動の方で涙を滲ませて奏さん達に揶揄われることはあっても、こんな風に人前でぼろぼろに泣くことはあまり無いと思う。
ただ一心に目の前の彼を見つめるしか出来ないこの環境に、ちょっと気まずくなって瞬きを増やしたら、瞳に溜まった水分がまた溢れてしまう。
頬に手を添えながら、器用に指先で目尻を拭われることにもまた、懲りずに心拍数が上がった。
「…榛世さん。」
「はい。」
「榛世さんが、仕事以外に目を向けるのをいつも怖がってるのは分かってます。何かあったんだろうなって、それも分かってる。」
「……はい、」
「でもそこから勇気出して、"俺のことも大事にしたい"って言ってくれた。それだけで、すげー嬉しい。」
ちょっと口調を崩した彼は、その言葉の通り眩しくはにかむ。その笑顔を見たら私は反対に、また涙が増えた。
「……南雲さんは、変わってます。
そもそも、こんな偏った考え方の奴は面倒だって普通はなります。」
「そっか。榛世さんは面倒なのか。」
「面倒ですよ。」
『お前は今、"何処"に居んの。』
過去の出来事で、今も未だうまく動けない。
胸にどうしても痛みが走ってしまう。
そういう自分をずっと抱えている。
「でも、"普通"は別に要らない。
俺は、その過去を経験してる今の榛世さんが良い。」
重苦しく言われるわけじゃない。
かといって、凄く軽くも無い。
至極当然のように、だけど躊躇うことなく選び取ってくるこの人と、私、ちゃんと向き合ってみたい。
「そろそろ会議終わりますね。」
「そうですね。」
どのくらいこうして話していたのか分からないけど、誰も見ていないと言え、今の私と彼は、オフィスに似つかわしい態勢とは言えない。
「っ、!」
それを自覚して身動きを取ろうとしたのに、何故だか両頬に添えられた手に力がこもった。
「……南雲さん?」
予想していなかった力の働き方にびっくりしたのも束の間で、より一層見つめ合う距離が近くなる。
「………」
「あ、の、」
流石に、近くないだろうか。
鼻先が触れてしまうみたいな距離に、呼吸が詰まる。
「とりあえず、榛世さんの後輩君より近づいておこうと思って。」
「え?」
「奈良君だっけ。
彼、榛世さんのこと好きですよね。」
「…奈良ですか?」
脳内で、ニヤニヤと笑う怠そうな後輩を思い出す。
「いや…?
あの男はいつも私の反応を愉しんでるというか。」
「成る程。榛世さんはこの分野、ダメそう。」
「だ、ダメそう…?」
なんとも失礼な評価を受けて若干のショックを抱えていると、困ったように眉尻を下げる南雲さんが漸く拘束を解いた。
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