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「南雲さん。」
「はい。」
「私は、"此処"から、頑張って進みたいです。」
震える声で告げ終えると、やはり予想していた通りの柔らかい笑顔に出会う。
一言一句、ちゃんと受け止めてくれているような優しさに酷くホッとしてまた涙腺が緩むと、そっと私の右人差し指に細くて長い指が遠慮がちに触れる。
とても微かな熱の共有が、心を静かに焦がした。
「ゆっくりで良いです。
流石に、そのくらい待てる男じゃないと。」
「……、」
この人がくれる気持ち全てに、
確実に心を突き動かされている。
踏み出したい。
___"大事"をもう、1つに絞りたく無い。
「待つ」という言葉が嬉しくて、安堵しながら彼をやっと微笑んで見つめ返せた時。
あっという間に暗い影で目の前を覆われて、左頬に柔らかい感触があった。
「え?」
間抜けな一音を発してしまったら、既に私を見下ろす彼の瞳が、悪戯に細まっていく途中だった。
「そういう顔されると、"大人しく"待てるかは分からないですけど。」
なんとも他人事みたいな南雲さんの言葉を一応耳に入れながら、今しがた起きた出来事を振り返ったら熱がぶり返す。むしろ悪化した。
「頬にキスされたくらいで何をこんな動揺しているの何歳だ私は」と自分に喝を入れたいけど、全然そんな、軽く済まされない。
だって、目の前のこの人も耳がちょっとだけ赤くて、これが"軽い出来心"では無いと、知ってしまった。
それでも嬉しそうに笑う彼に、思考も視線も奪われて上手く反応が出来ない代わりにきゅ、と繋がれた指に力を込めた。
◻︎
「榛世さん。本当に一緒にカタログ見てくれますか。」
「しゅ、取材後で、良いですか。」
「ありがとうございます。
じゃあ、コーヒー用意してまってます。」
「はい。」
上のフロアに戻る途中。
俺の最後の一言で、明らかに緊張と照れを混じえた赤い顔がほころぶのを見たら、また手を伸ばしそうになって必死に耐える。
『本当は、そんなの嫌です。
うまく大事に出来ないとか逃げたりしないで、
南雲さんを大事にできる自分に、なりたいです…っ』
きっと凄く勇気を出して伝えてくれた本音を心で繰り返したら、覚悟なんかもっと増すに決まってる。
この人のことも、あいつのことも。何があっても俺が大事にする。
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