夜が明けたら、君に

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「だめ?」 「だめ、じゃない」  むしろ、こっちが土下座してでもお願いしたかったんだけど。 「けど、なんで?」  返事の代わりに左手をぎゅうっと両手で握られた。  柔らかい手がとっても温かくて。 「まだ言っちゃダメなの」 「まだ?」 「うん。まだ店員とお客様だから」  それって。もしかして。  俺のこと、好きってこと?  店を辞めたらひとりの女として、俺とつきあってくれるってこと?  頬をスカートと同じ色に染めた上目遣いの彼女に、全身の血液が沸騰した。  握られていた手を引き寄せ、きゃっ、という彼女を右腕で抱き寄せる。  スカートのフリルがひらりと舞った。 「今日辞めたことにすれば?」 「え、でも」 「お金困るんだったら、俺ん家きていいから。部屋空いてるし」  寝るだけの家には物というものがなく、使っていない部屋も一つあった。  いや、部屋がどうかなんてどうでもよかった。  まどかちゃんと一緒にいられるのなら、なんなら彼女のために新しく部屋を借りてもいい。  なんだってしようと思った。  抱き寄せた身体を離し、彼女の目をじっと見つめる。 「俺、まどかちゃんと一緒にいたいから」 「ほんとに?」 「ほんと」  ぎゅっと身体にからみついてくる柔らかな腕。  首筋から匂う、安らかでいて酔いを誘う香り。 「好き」  つぶやいた顔には、あどけなさが残る母親のような優しい眼差し。  俺の身体と心に、深夜の興奮と夜明け前の安らぎをもたらした。
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