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File3
翌日、俺はチカから受け取ったユキのq-phoneを鞄にいれて、街はずれへと自転車を漕いでいた。旧札幌との境界に近い、放棄された畑と森しかない地域だ。
ダウンロードしたナツの記憶が、俺を導いていた。
もとNQCのエンジニア、ナツの叔父にあたる人物が、そのあたりに住んでいるのだ。今はNQCと縁を切り、隠者というか、ひきこもりというか、世の中とほとんどかかわらずに暮らしている。
「警告。q-phoneのサービスエリアから離れようとしています。ただちに引き返してください」
そういう文字列が、音声とセットになって俺の知覚に被さってくる。
「確認」にチェックを入れると消えるが、五メートルも進まないうちにまた現れる。q-phoneには電源スイッチがないし、通知を止める設定もない。
視覚投影の輝度を最低にすると、邪魔をされずに前進できるようになった。
しかし、驚いた。
サービスエリア外、というものが存在したことにだ。
おそらく、旧札幌の鏡面が発する電磁波とかの影響だろう。
ナツの叔父のシンという人物が、こんな場所に住んでいるのも、それが理由かもしれない。
自転車が揺れる。地面のアスファルトは何年も放置されてひび割れ、至る所から植物が顔をだしている。
行く手には、森の木々の数倍も背の高い、巨大な送電塔が列をなしている。最後の送電塔のところで電線が途切れ、塔からぶら下がって風に揺れている。
その向こうのまぶしい光は、鏡面化した札幌のものだ。
(ナツの)記憶にある廃屋が見えてきた。
正確にはシンさんが不法居住しているから廃屋ともいえないのだが、周囲も家自体も、人が住んでいるとは思えない荒れ方をしている。
木造モルタルの一階建て。別棟で車庫と納屋があって、もとは農家だったのだろうと想像させる。
適当なところに自転車をとめ、鍵をかけていると、背後から人間のものではないうなり声が聞こえてきた。
振り返ると、ドーベルマンか何か、気の荒そうな大型犬だ。
首輪がつけられていて、リードをやせこけたひげ面の男が握っている。
男はもう一方の手に、長さ一メートルほどのバールをつかんでいる。
「なんだ、お前は」
ひげ面が言った。それがシンさんだとナツの記憶は言っているのだが、俺自身の印象のほうが強い。
「アキと言います。ナツの友達です」
「なぜここを知っている」
「記憶共有しました」
犬をつないでいるリードはぴんと張り詰めている。犬は俺を外敵だと認識して、今にもとびかかってきそうだ。
「ユキちゃんが行方不明です。どうなったか知りたいんです」
俺はそう言い、ユキのq-phoneを鞄から取り出して見せた。
シンさんの血走った目が、驚きに見開かれた。
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