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そのとき、ユキのq-phoneが入れられた装置からブザー音が鳴った。
シンさんはキーボードから何か打ち込み、モニターを確認し、装置の扉を開けた。
見た目は何も変わらないq-phoneが出てくる。
シンさんは平たいリング状のそれをつかみ、
「元の姿にもどす。一瞬だ、見逃すな」
そう言った。
そして針のようなものを持ち出し、リングの内側の一点を狙い、突き刺した。
静電気がはじけるようなバチッという音とともに、q-phoneは平たい楕円形の鏡になった。
本当に一瞬の変化だった。
シンさんは厚さ二ミリほどのいびつな楕円形のそれを、かざして見せた。手首を返す。その背面は光沢のない夜のような黒。
「鱗さ、ドラゴンの」
「……え?」
「すべての機能は、この状態ですでに備わっている。NQCの工場でしているのは、それを工業製品に見えるように整形することだけだ」
俺は思考が追いつかない。目の前で起きたことの意味が、わからない。
「縁を掴んで、イメージしろ。この状態では個人認証は必要ない。そのままで、全人類の集合記憶にアクセスできる」
鱗を渡された。何も考えられないまま受け取った。
なんだって? この人は何を言ってるんだ?
「言語化すると明確になる。ユキが消える直前の視覚象が見たい。そう言ってみろ」
俺は言われた通りにした。鏡が、何かを映し出した。
光るノイズのようなものが視野いっぱいに揺れている。
湯気と、飛び散る水滴。ユキはシャワーを浴びているのだ。
広くもない、つるりとしたクリーム色の壁のユニットバス。
ユキの腕が、幼い肢体が、ときどき視界に入る。
何も起こってはいない。ユキはただシャワーを浴びているだけだ。
が、突然、視界が揺れる。
ユキが振り返ったのだとわかる。視野に飛び込んできたのは、等身大よりも大きい楕円形の鏡。縁を金色に光らせながら、空中に浮かんでいる。驚きを浮かべるユキ自身の顔が映る。
鏡像のユキが鏡の中から手を伸ばして、ユキの腕をつかむ。視界が激しく揺れる。ユキは抗っている。しかし、鏡面が近づいてきて、恐怖にゆがんだユキの顔がが大写しになって、そして、すべてが真っ暗になった。
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