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ガントリークレーンのドラゴン
石狩新港のガントリークレーンのひとつで、ドラゴンが羽根を休めているという。
ドラゴンが鏡面化した札幌を離れることは滅多になく、それほど海沿いに、新石狩市の近くに来ることは珍しかった。
チカが連絡してきて、俺とナツと三人で見に行こうという話になった。
水銀のドラゴンを追い返した黒いドラゴンである。それは良いドラゴン、街を壊したり人を殺したりはしないものと思われていた。実際、ものを食べることも排泄することもないという。案外電池で動いているのかもしれない。
俺たちが向かおうとしていた展望台は札幌方面を見るためのもので、新港とはキロ単位で離れていたから、危険があるとは少しも思わなかった。
ただ、どうして二人だけで行かずにわざわざ俺を誘ったのか、それを不信に思っただけだ。
俺が気を使って断ることを期待してのジェスチャー、というわけでもなさそうだった。そういう変な気の回し方は、ナツもチカもしない。
何か意味があるのだろうと俺は思ったし、実際その通りだった。
「ユキが、行方不明なんだ」
ナツはそう言ったのだった。
小学四年生の、ナツの妹だ。三日前、午後八時ごろ、浴室にシャワーを浴びに入ったユキは、そのまま一時間経っても出てこなかったという。
ドア越しに声をかけても返事がない。
急病を心配したユキがバスルームのドアを開けると、ユキはそこにいなかった。シャワーのお湯は出しっぱなしで、脱衣籠にはユキの脱いだ服がすべてそろっていた。気づかない間に部屋にあがったのかと見に行ったが、ユキの私室も無人だった。家じゅうどこを探してもユキはいなかった。玄関には、ユキの靴がすべてそろっていた。
「俺はユキに何が起こったのか知りたい」
「警察は?」
当然のことを俺が尋ねると、
「まったくのでたらめか、俺たち家族が何か隠していると疑っている」
と答えた。
「アキにも力を貸してほしいの。私もユキちゃんのこと心配だし」
チカが俺に言った。
「理解した」俺は言った。「何ができるかはわからないがな」
「アキが味方でいてくれるだけで、安心できるから」
チカはそう言い、ナツもうなずいた。
チカはそのあと席をはずした。二人だけになったとき、ナツが言った。
「俺に何かあったら、そのときはチカを頼む」
「何かってなんだよ」
「もし何かあったらだ」
「頼まれても困るぜ。俺におまえの代わりはできない。チカにとってのおまえに、代わりはいない」
ナツは展望室の窓によりかかり、札幌のほうを見た。その巨大な鏡面の下に、ナツの家があり、ナツの母親がいたのだ。
「おまえ、意外とわかってないな」
「何がだ」
「なんでもない。おまえには感謝している」
そのとき俺には、ナツの言っていることが分からなかった。
分からないまま、別れた。
それが、生きているナツと会う最後になると、思いもしないままに。
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