ドラゴンの日

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ドラゴンの日

 冬の札幌は押しつぶすような雲に覆われ、めったに空が見えることがない。だからそれがいつからそこにあったのか、よくわかっていない。  とにかく五年前の十二月、吹雪が去った朝、人々は雲の高さに忽然と現れた巨大な鏡を見て、わが目を疑い、言葉を失ったのだ。  それは高さ二十メートルあまりの楕円形で、正確に南東の方角を向いて静止していた。後にYoutubeにアップされた映像を見ると、鏡の縁は何か電子的な反応が起きているかのようにチリチリと輝いている。朱に染まる空と太陽を鮮明に映すその鏡には、千歳から警戒に上がった自衛隊の無人機の姿が、くっきりと映りこんでいた。    特異な気象現象。テレビのニュースではそう説明された。  当時小学生だった俺たちは、普通に朝食をとり、普通に学校に向かった。  何かがおかしいと気づいたのは、午後になってからだ。緊急職員会議のため、全クラス自習。その状態のままだらだらと時間が過ぎ、下校時間になる直前、校内放送が響いた。 『ただいま災害が発生中です。生徒の皆さんは下校せず、先生の指示に従って、体育館に集合、待機してください』  災害? その漠然とした表現に、子供だった俺たちも不審に思った。 「ここは安全です。皆さん廊下を走ったりせず、きちんと並んで体育館にむかってください」  クラス担任の声はうわずっていた。『ここは安全です』その言葉はかえって不安をあおった。俺たちは背の順に並んで整然と廊下を歩き、階段を下った。  踊り場で、前を歩いていたチカが俺を振り返った。明らかに怖がっている顔をしていた。  大丈夫。  そう声に出す代わりに、俺はうなずいて見せた。    だが、ちっとも大丈夫ではなかった。  その時すでに、札幌は消滅していたのだ。     
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