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一
「あっ、ねえねえ、俺のこと覚えてる? ほら、入学式で隣だったよね」
まるでナンパのようなフレーズを、水野侑季は鮮明に覚えている。
声の主は、今は友人となっている似鳥航だ。
大学へ入学をして三日が経った頃だろうか、階段教室の隅に座る侑季を見つけた航は、わざわざ声をかけてきた。
わざわざ――なんだろう、きっと。
こんな広大な教室の隅で、偶然隣になるはずがない。たまたま侑季を目にして、席まで来てくれたのだろう。
「覚えてるけど……」
もちろんこの男を忘れることなどない。それが侑季でなくても、一度見たら忘れる人などそういないだろう。
それほどに航は見目麗しく、多くの人の関心を引く容姿をしていた。
一八〇センチはありそうな長身に、痩躯で手足が長いのは、外国の血を引いているからだと噂で聞いていた。かといって、いかにも洋風の顔立ちかというとそうでもなく、美しさと少年らしさがうまく同居したような親しみやすさが女性のハートを掴んでいるようだ。
「よかった。入学式が終わったらきみと話したいと思ってたんだけど、式が終わったらきみのこと見失っちゃったんだよね。今日会えて本っ当によかった!」
「えっ……?」
嬉しそうにまくし立てる航を見て、侑季は持っていたペンを落としそうになった。
航がそう言われるなら分かるが、侑季は目を引くタイプではない。平均的な大学生である侑季を、これほど気にかけてくれる理由はなんだろうかと勘ぐってしまう。
「俺、似鳥航。隣座っていい?」
「いいけど……」
警戒心を隠すことなく、侑季は航を見た。
しかし、航は侑季の視線など意に介さない様子で隣りに座ってくる。
「きみのこと、なんて呼んだらいい?」
「あ、水野侑季です……」
「じゃあ、侑季でいいかな。俺は航でいいよ」
まだ侑季が戸惑っている間にも、航はトントン拍子に話を進めていく。
「知ってた? 入学式に私服でスニーカーだったの、俺と侑季だけだって」
「あ、そういえば……」
厳格な祖父の元に育った侑季のこと、入学式用のスーツはもちろん新調されていた。けれども入学式に身内が出席しているわけでもないので、着なくても構わないだろうと思ってしまったのだ。
「正直、私服は俺くらいかと思っていたから、同志がいて嬉しかった」
「同志って、大げさだよ……」
「大げさじゃないよ。寄せ集めの集合体で偶然に価値観が合うなんて、滅多にないんだから」
「寄せ集めって」
「セール品みたいだね」
その言い方がおかしくて、思わずお互いに顔を見合わせて笑ってしまう。
航の話が上手だからなのか、距離感の詰め方が上手だからなのか、初めは警戒心のあった侑季だったのに、いつの間にか航に心を開いていた。
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