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🌙月と妖精🧚♂
「“おとな”になったらさ、悲しいことがあっても、人前では泣きたくても涼しい顔して、冷静なふりをして上手くやっていけるようになるの。だって、おとなだから。」
まだまだあどけない、しかし少女というには大人びた年頃の女性が、彼女の部屋の窓際で薄い羽をはばたかせる妖精に向って言った。
「あら、そうなの。ニンゲンのオトナって大変なのね。」
窓から差し込む月明かりに照らされ光るその妖精は、あんまり興味ないといったように言葉を返した。
構わず続ける女性。
「わたしももうすぐ“おとな”だから、嫌なことがあっても、人前ではよく、悲しくなんてないってフリをして、笑顔で冗談を言ったりする。」
「そう。」
「でも、時々“フリ”をしてる最中に、あぁ、わたし無理してるなぁって、なんか急に疲れちゃう時があるの。この気持ちわかるかしら?」
女性の言葉に、「わからないわ。私、妖精だもの。ニンゲンじゃないから。」と、相変わらず淡々と応える妖精。
「聴いてくれるだけで充分よ。」
「そう。なら良かったわ。」
女性が月を見上げながら言う。
「疲れてどうしようもなくなった時は、こうやって、夜に月の光をぼんやり眺めるのが好きなの。たまにはここで、子供みたいにしくしく泣いたりもする。ほら、おとなは人前では泣かないから。」
「そう。」
「そう。」
………………………
「私はニンゲンじゃないからわからないけど、」暫くの沈黙の後、妖精はそう前置きして言った。
「たまには人前で泣いてもいいんじゃないかしら。だって、そうじゃないと、貴方がどれだけ傷付いてるかってこと、誰もわからないじゃない。それに、私のことが見えるってことは、あなたには子どもの部分があるのよ。だから、別に泣いてもいいと思うけど。」
月の光のように、落ち着いたけれども、優しいその声に、女性は、抱えていた何かを吐き出すように、わんわんと泣き出した。
少女と妖精を、月の光がそっと照らし続けた。
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