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コロナ渦中の闘病日記 -17 ,外科医K医師-
特に深い理由はないのだが昔から医療系の漫画を好んで読んでいる。ブラックジャック、ヤングブラックジャック、Jr.コトー診療所、医龍、Jin-仁-、はたらく細胞、等々。
幼いころから病院と医者は大嫌いなのに、つい漫画に手が伸びる。
特に外科の医師は雲の上というか、理解しがたい職業の人だ。人を人と思わないからメスを入れるのに抵抗がないのだ、そう勝手に思い込んでいた。
K医師に出会うまでは。
「手術を執刀される外科の先生が今日あた
り挨拶にきますから、何か質問があった
ら聞いて下さい」
内科のA医師から外科のK医師が来る話を聞いた。A医師は3月末で系列の病院に異動になる。どのみち内科から外科に私も移るので、外科医と顔合わせができるのは良かった。
が、当時の私は開胸手術に踏ん切りがつかずK医師と顔合わせをするのにどこか戸惑っていた。
外科の、しかも執刀医。
全く想像がつかない。
内科医や看護師からの評判は手術の腕は大変良いK医師だが、偏屈?な一面もある変わった外科医だとも聞いていた。
募る不安。
心臓を切りたくない。やっぱり怖い。
頸には難病を抱え、頸のヘルニアまでおまけでついてきて、加えて心臓開けろなんてやっぱり怖い。
痛いのいや…だ。
そんな不安を他所にK医師との発対面はあっさり訪れた。来ると言われていた日の午後、病室に現れたのだ。
点滴が一息ついてトイレに行こうとベッドを離れ掛けた時に突然声をかけられた。
「こんにちは。外科のKです」
足音もたてずいつの間にかベッドの脇に来たので、は?どちら様?と一瞬固まった。
内科の男性の看護師も一緒にいた。
初対面の印象は「天才肌だな、この外科医」だった。
やや小柄で、歳は40妻半ば。白衣が妙に身体にフィットしている。白衣の下は緑色の制服を着用している。眼光が鋭く、私を凝視していた。
トイレに行きたいです、など言えずそのまま大人しく簡単に挨拶をすれば良かったのだが。
私はぷちんとキレてしまった。
「私、病院と医者がだいっきらいなんで。」
大人げない。
そのときの私を全力でハリセンでスパーンと叩きたい。(昭和のコントか???)
苦しい言い訳だが、そのときの私は本当にナーヴァスで、心臓を開けるなんてとんでもない!納得いかん!ってか痛い思いは嫌だ!兎に角、開胸手術が嫌で嫌で不安だったのだ。
発言に至るまでの話の流れをよく覚えていない。ただ、漫画で読んだみたいに熱く患者と手術に向き会うイメージとはほど遠く、淡々と手術に向けての話をされて面白くなかったのかもしれない。
突然死か植物人間になるか、良くて半身不随になるか。毎日のように内科で心配されていた。院内の行動も制限されていたし、検査に行くにしても車椅子での移動。心臓に負担を掛けまいと周りからフォローされればされるほど苦しかった。
手足にもすでに菌が飛んで一部青紫になっている。痛いし痒いし、痛み止めを飲んでも良くならない。どうせ外科に行くまで持たないだろう。
もういいよ。(エヴァのシンジ君の気持ちが何か分かる)
K医師は目をぱちくりさせたが、表情一つ変えなかった。
「病院を好きな方はいませんから。また様子を見に来ます」
くるり。
足音を立てずに静かに立ち去るK医師。
申し訳なさそうに軽く一礼し、付き添いの男性看護師も去っていった。
はっ、トイレに行かなくては。
点滴棒がついていない身軽な身体のはずなのにずしんと身体が重かった。
これから世話になる外科医なのになにやってんのよ私はっ。。。
自己嫌悪に陥り、トイレから戻ってきてからデイルールでぼーっと過ごしていた。
手術がより現実味を帯びてきた。
パートナーに会いたい。
友達に会いたい。
情けないけど、愚痴りたい。
それもコロナでかなわない。
あーあ、この先どうなるんだろう。
冷たい外科医だなぁ。あんなもんかなぁ。
その後、何回か様子を見に態々内科まで足を運んでくれたけど容態が急変していないか確認するくらいだもんなぁ。
悶々と過ごしていたある日、K医師を良く知る看護師がICU(集中治療室)を案内してくれた。
彼女は元ICUの看護師(以下、S看護師)で外科手術後の患者のフォローを担当していた。外科医との連携は不可欠でK医者とも良く打ち合わせをしていたそうだ。
ICUと同じフロアに手術室がある。手術後にICUへ移り2~3日滞在する。経過次第で一般病棟に戻るのだが、ICUは特殊な環境であるため希望者には事前に見学をさせて貰えた。S看護師は快く案内を承諾してくれた。
ICUに行くと見知らぬ機械が沢山置いてあり、術後は点滴やなにやらで管だらけになる。ICUの看護師はシャワーキャップにエプロンと手袋を常時着用しており物々しい雰囲気が漂っていた。
涙目になりながら見学する私をS看護師は心配してくれた。個室という名のほぼ丸見えの治療室を見ている間、一冊のファイルを探して渡された。
「ICUに関する説明書です。普通は手術直前
に渡すのですが特別ですよ!」
S看護師の配慮に思わず涙が溢れた。
マスクの中は涙でびしゃびしゃである。
「心配しなくて大丈夫ですよ。24時間体制
で看護師がついてますから。私もICUにい
たときは病室に張り付いて患者さんみてま
したから。異変があればすぐに対応して貰
えますよ」
ICUから出ると手術を受けている間、患者の身内が待機できる待合室へ案内された。
コロナの前は手術が終わるまで外部の人間が待機できたが今は面会断絶のためそれは出来ない。
術中の説明をするため、術後に代表者一人と話をするくらいしか今は使われていないという。
病室に戻りたくない私を気遣って、暫く手術への不安を聞いて貰った。
「手術を前にして不安になるのは普通です
よ。黙って不安を抱えるより看護しにドン
ドン話して下さい。気分が楽になりますか
ら」
遠慮なく私は胸の内を証した。
内科を離れるのが怖い、外科に行きたくない、手術はするけど気持ちの整理がつかない、どうしたらいいのかわからない。
S看護師は相づちを打ちながら話を聞いてくれた。
30分以上私は愚痴っていた。
一息ついたころS看護師から意外な一言を聞いた。
「K先生が心配されてましたよ」
??!
私は泣くのをピタリと止めた。
K外科医が?
「手術前で凄く不安がっているからフォロー
してねって。ICUも案内するようにK先生か
ら言われたんです」
全然知らなかった。。。
気に掛けて貰っていたのか。。。
「K先生は元ICUにいらっしゃったんです
よ。今は外科に異動されてますが」
当時を振り返って何か思い出したのか、S看護師はふふっと笑った。
「患者さんに対して人一倍熱い先生なんです
よ。そんな風に見えないですけど。手術の
腕は確かですし、安心して下さって大丈夫
ですよ」
手術のことで頭がいっぱいで独りよがりになっていた自分が恥ずかしくなった。
実はS看護師とは個人的に親しく、ICUに案内される前から何かと相談にのってもらっていた。そのこともK医師は知っていてわざわざICUを案内するよう頼んでくれたのである。
「そう、でしたか。私、自分のことで頭がいっぱいで」
項垂れる私にS看護師は言った。
「自分のことだけ考えていていいんです。
手術で辛い思いをされるのは患者さんで
す。だって身体にメスを入れるんですよ?
不安になるのは当たり前ですよ。私達はフ
ォローすることしかできませんが溜めない
で不安なことは言ってください」
再び涙がポロポロ流れてきた。
「さ、そろそろ戻りましょう。お夕飯の時間
ですから」
早番のS看護師の退勤の時間はとうに過ぎていた。残業させて申し訳ないと謝ると「気にしないで下さい」と言ってくれた。
夕飯後、私はICUの説明書をぱらぱらめくっていた。
意固地にならないでK外科医にも、手術の不安をちゃんと伝えよう。
少しでも気持ちを落ち着かせて手術に望もう。
ベッドが空き次第4月上旬には外科に移る。開胸手術まであと少し。
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