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コロナ渦中の闘病日記 −16,内科vs外科−
2021年3月中旬。
現在の自身の経過について内科部長と主治医のA医師から説明があった。
感染性心内膜炎が3月1日に見つかり早半月たった。
感染性心内膜炎の症状の一つに38度を越える高熱がある。昨年10月から高熱に悩まれ、最初は風邪だろうと気にしなかったが、12月になると40度近くまで熱が上がった。
流石にコロナではないかと心配になった。
PCR検査を受けたくても保健所と一向に連絡がつかず、医療機関を受診したくても高熱を理由に断れ続けた。
2月にやっと検査が受けられた医療機関で1ヶ月にわたり検査をした。その結果脳梗塞や心不全のリスクが伴うほど容態が悪化しており、3月1日に緊急入院を言い渡された。
心臓の左室と左房の間にある弁に病巣ができているため内科的治療(点滴・薬)で暫く頑張っていたのだが、外科で開胸手術をしない限り完治しないことが分かった。
というか、私が知らなかっただけで最初から外科手術前提の入院だったのである。
「最低4週間の内科的治療を行います。病状
が改善すれば手術の可能性は低くなりま
す」
入院前はそう説明されていたのだが、実はこの病気にかかると70%の確率で開胸手術を余儀なくされる。入院してから1週間くらいで主治医のA医師(以下、A医師)に心エコー、脳にとんだ菌の塊の画像をみせられ「外科手術を受ける可能性が高い」とじわりじわり外堀を埋められていた。
とはいっても、内科部長と同席の上、改めて私の容態について説明をすると言われた際は内心かなりショックだった。
「ああ、袋の鼠だ…外科行き決定だ」
指定されたデイルームの一角にある個室に憂鬱な気分で向かった。
コロナ対策のためデイルームとその個室は窓が開いていた。個室のドアも開きっぱなしである。3月も末に差し掛かっているとはいえまだ肌寒い。上着を羽織って大人しく席につくと、アクリル板で仕切られた反対側の席に40代半ばと思しき内科部長が神妙な面持ちで座っていた。その隣にはA医師が座っている。
「今日はこれまでの経過の説明と外科手術に 向けてどのように治療を継続していくか説明しますね」
A医師は努めて明るく振舞おうとしていたが、内科部長は表情をこわばらせたまま私を見ていた。
…雰囲気が重いなぁ。A医師は治療の確認だから緊張しないで来てくださいねと言っていたのに…。内科部長、表情がこわばっているよ。
二人の内科医からの説明を要約するとこうだ。
3月4日の血液の培養検査の結果は陰性となっており、抗生剤による点滴の治療の効果が出ている。しかし、心臓の弁に付着した病巣が1㎝を越えており、開胸手術のガイドラインに達した大きさである。放置しておけば病巣の塊が静脈に飛び、血管を詰まらせ脳梗塞のリスクがある。また、既に脳に病巣の一部が飛んでいる(3か所)+腎臓にも飛んでいるようなので腎臓機能が低下するもしくは機能しなくなる恐れがある。
病巣が菌の本社とすれば、営業拡大と称して脳に3カ所の支店がすでにできていた。血管の一部がすでに詰まっているが白血球が支店を営業妨害をすべく、攻撃をして破壊してくれている。しかし、部下達は血液の流れにのって全身に行き渡っているし、本社も営業拡大のため移転するかもしれない。本社が脳に移転されると脳に血液を流し酸素を供給する血管が塞がれるので脳梗塞となる。
脳梗塞になればよくて半身不随、最悪植物状態に陥る可能性がある。
「かなり危険な状態です。我々も日々祈りながら容態を見守っています」
内科部長は重い口調だった。
全身に血をいきわたらせるポンプ機能を持つ弁は、ぺらぺらの膜で(びっくりするくらい薄い)そこに1㎝を越える病巣の塊が張り付いているのである。
事前のA医師の説明によれば「テントの幕の上に巨大な岩がくっついている状態」なのが私の現在の弁なのだという。
非常にやばい。テントが破壊されたら心臓が機能しなくなってしまう。
脳梗塞に加えて心不全の危険にさらされているのだ。
「そこでですね、二つの選択肢があるのです」
内科部長は「感染性心内膜炎の治療と今後の方針」に関する説明の書類をアクリル板の下から提示した。
嫌な予感がした。
内科と外科で私の今後の治療について意見が割れているのは薄々感づいていたからだ。
内科は脳梗塞や心不全のリスクが非常に高いし、一日でも早く外科手術をして病巣を取り除いて欲しいと考えていた。
しかし、当時の私の体内には血液にのって至る所に菌が蔓延していた。心臓を開いたとしても人工物(電気メス)に付着して菌が心臓の別の場所に飛んでしまう恐れもある。また弁置換といって、弁が使いものにならなかったら弁そのものを取り換える可能性があった。(そのときは心臓を開いでいないので、弁がずたぼろなのか、まだ使えるのか分からなかった)人工物の弁を入れるため、身体の免疫細胞は人工の弁に菌が付着しても攻撃をしない。
つまり、せっかく人工の弁を入れて心臓が正常に動くようになっても、そこに菌が付着したら意味がないのである。
これに対し外科は最大6週間の点滴治療を行い、できる限り体内の菌を減らしてから開胸手術をするべきと主張していた。できれば無菌状態がベストだが菌が少なければ少ないほど人工物をいれたときのリスクが低くなる。
一方で脳梗塞や心不全のリスクと常に隣り合わせで外科手術まで過ごさなくてはいけない。心臓に負担をかけないように日々安静に過ごし、点滴治療を続けるしかないのである。
「我々としては一刻も早く外科で治療を行って欲しいのですが。先日行われた手術に関する会議で結局結論がでないまま保留になりまして内科的治療で様子をみることになったのですが」
内科部長が眉間に皺をよせて話すと、A医師がうんうん、と頷いた。
…ちょっと待て。
患者の私を差し置いて勝手に内科と外科で揉めるんじゃない。
当時者を交えろ、当事者を。
某医療ドラマで患者の治療法を巡り内科と外科で対立するシーンを思い出した。まさか自分が同じような状況に置かれるとは…。
思わないわ!
内科部長とA医師は「一刻も早く手術を」と畳みかけてきたが、私はしっかり点滴治療を行った上で開胸手術に臨みたいとお願いした。
諸々のリスクは承知しているし、開胸手術を待っている間に最悪の事態になっても仕方ない。その際は緊急手術を受ける他ない。
仮に体内に菌が残っている状態で手術をしても、再感染の可能性は拭えないし人工物に菌が付着しても免疫細胞が攻撃しないのなら尚更である。そのせいで二度も三度も開胸手術をされては身体が持たない。
やるなら一度だけの手術で済ませたい。
恐怖と不安で押しつぶされそうになったが両手を膝の上でぎゅっと握りしめて点滴治療の継続を希望した。
他人に私の命の行く末を委ねてたまるか。
本音は緊急入院を余儀なくされてふてくされていた。
今さらどうこう言っても仕方ないが、コロナがなかったらこんなに悪化することはなかったし、この病気の3割は抗生剤の投与で治るので開胸手術をする必要ななかったかもしれない。
目に見えない敵にぶちぶち文句を言っても仕方ない…。でもやるせない。
内科部長は「本当に早急に手術をしなくていいのですね」と念を押してきた。
私は自身の判断に何の迷いもなかった。
緊急入院をしてからずっと自問の毎日だった。
「幼少時代から虐待を受けて、ズタズタにな
った心を沢山の方の助けがあって乗りこえ
てきたのに。やっと自分らしく生きていこ
うと思えたのに。何でこれ以上苦労しなき
ゃいけないの?」
「両親がいる普通の家庭に生まれたかった」
「生きている意味なんてなるのかな」
「そもそも心臓を切るって何?何でそんなこ
とをしなくちゃいけないの?」
悩んで悩んで、悩み抜いた。
パートナーや友達に沢山相談をして悩みを聞いてもらってやっとたどり着いた結論なのだ。
いずれにしても6週間以上の抗生剤の投与を続けても菌は死滅しないし、それまでに菌の減少具合をみて開胸手術に踏み切るのがベターな選択だと思った。
その判断が、現在の生存に繋がるのだから人生何か起きるかわからない。
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