1.毒舌少女は他称ロリコン軍人を手玉に取る

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「───ねえ軍人さん……継母が血の繋がらない子供を虐めるなんて、良くある事じゃないですか」  長い沈黙の後、そっと腕を撫でながらベルはポツリと呟いた。  その下には、直近で付けられた傷があった。眼つきが気に入らないという理由で、火かき棒で叩かれたのだ。 「……よくある事ではないだろう」  短い返答で大体の事情を理解したレンブラントは、出会ってから一番怖い顔をしている。  でも、ベルは竦すくみ上がることはしない。自分に向けての怒りではないことはわかるから。  でも、嬉しいとも思わなかった。詮索するのは、これで終わりにして欲しいとは思ったけれど。  8年前、ベルが10歳になったある日、父であるラドバウトは何の前触れもなく再婚した。  相手はフロリーナという名で、二人の娘を連れてクラース邸へと乗り込んで来た。つまり、再婚同士だった。  だいぶ経ってからラドバウトとフロリーナの結婚は、政治的な要因が働いたものだったということをベルは知った。  けれど同時のベルは、愛妻家だった父が、自分に相談も無く再婚したことに、ただただショックを受けた。  そして、初対面から敵意丸出しに睨みつけるフロリーナの娘二人と仲良くできる気が到底しなかった。  その感情は大好きな父親を取られたという幼い独占欲からくるものではなく、預言者のお告げに近いそれ。  そして悲しくもその予感は現実となってしまった。  フロリーナは良き妻を演じることと、見えないところで、気に入らない者をいたぶることに、とても長けていた。  またフロリーナの連れ子であるミランダとレネーナも、良き娘を演じることと、人を陥れる話術に長けていた。  新しく家族になった3人はラドバルトの前では、それはそれは良い人だった。  まるで家族のお手本のように思いやりに溢れ、最年少であるベルを愛しくて仕方がない娘や妹といった感じで接した。  でも、ひとたびラドバルトが外出すれば、別人となった。  口を開けばベルに対して嫌味をぶつけた。嗤いながら傷付く言葉を吐き、的確にベルの心をえぐった。  それだけじゃない。大切にしていた物───特に実の母親の形見を隠されたり、捨てられたりした。  見るに見かねて口を出した使用人達を、適当なでっち上げでクビにした。それはそれは上手に、ラドバルトに気付かれないように。  それでもまだベルは、絶えられる環境だった。  幸い使用人達は察することを得意としていたし、執事のパウェルスは、ラドバルトから厚い信頼を得ていた。  だから執事の密告に対し、ラドバルトはきちんと耳を傾けてくれた。フロリーナ達を咎めたててくれた。  けれどラドバルトは、どれだけフロリーナ達を厳しく叱責したとしても、離縁はしなかった。  これもまた政治的な理由であったのだが、ラドバルトはベルに詳細を語ることはしなかった。  いや、もしかしたら近い将来、話すつもりだったのかもしれない。でも、それは叶わぬ未来となってしまった。  フロリーナを妻に迎えた2年後、ラドバルトは事故で命を落としてしまったから。  関所での小さな揉め事を処理した帰り道、馬車の車輪が外れて崖から転落してしまったのだ。  軍神とも呼ばれたラドバルトの死は、とてもあっけなく、そして突然すぎた。  当然、彼の死に不審を抱く声も上がった。けれど、新しい辺境伯───フロリーナの力でねじ伏せられ、公の場に出ることはなかった。  ベルは唯一の肉親である父親を失った。  そして、居場所を失った。  痛みる感じる心を失った。  辺境伯の娘という地位を奪われた。  東向きの広く可愛らしい自室は、狭く薄暗い使用人部屋に変わった。  絹で仕立てられた私服のドレスは、使用人のお仕着せより粗末なそれに変わった。  礼儀作法や知識を得るために使われていた時間は、下働きの時間に変わった。  しかも、あろうことかフロリーナは、領民たちにはベルが父親を亡くして、心の病を患ってしまったと公表した。  領民がそれを素直に信じたのかはわからない。  でもラドバルトの時のように、疑念の声を上げる者はいなかった。粛清を恐れたのだ。  領民にとって一番恐ろしいことは、平穏な日々が壊されること。  逆に言えば自分たちが住まう領地が平和なら、わざわざ藪をつついて蛇を出す者は誰一人居なかった。  そしてベルも父が築いたそれを壊したくは無かった。  その結果、ベルという存在はケルス領から消えた。ベルが街を歩いていても、誰も辺境伯の娘と気付いてくれる人はいなかった。  幼少の頃から足繁く通っていたパン屋の店主は、いつの間にかベルのことを胡散臭い娘という目で見るようになった。 「……よくある事なんですよ」  物言いたげなレンブラントに、ベルは自嘲気味に笑った。 「そうか」 「……はい」 「なら、丁度よかったな」 「はい?」  ベルはレンブラントの言葉の意味がわからず、思わず間の抜けた声を出してしまった。
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