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─── 翌日。
本日も馬車は軍人を伴いながら、街道を走っている。
ただ初日と比べれば、ずいぶんゆっくりとした速度だった。
なにせ初日は、広いケルス領をたった一日で出たのだ。
車内にいたベルは逃亡計画を練るのに忙しかったら、どのくらいの速さだったのか正確にはわからない。
でも宿屋に着いた時には、軍でも一二を争う丈夫な駿馬がひいこらしていたので、そうとう飛ばしたことは間違いない。
ちなみに今日の速度は、その半分以下。
それは街道の舗装があまりに行き届いておらず、走行できる速度に限界があるから。というのもあるが、ケルス領では何かに追われていたから……という説が有力である。
でも、ベルはその真相を、未だレンブラントから聞いていない。
だからこんなふうに受け止めてしまっていた。
のんびり走っているのは、昨日レンブラントが言った通り、自分がレイカールトン侯爵との結婚について考える時間を与える為なのか、と。
***
ガタガタと揺れる車内の中には、本日も2名が乗車している。ベルとレンブラントだ。
レンブラントは腕を組んで目を閉じている。
長い足を延ばしてしまうとベルの足を蹴ってしまう可能性があるので、斜めに腰かけてなるべくスペースを開けるようにしている。
対してベルは、昨日と同様に腕に巻かれた包帯が気に入らないようで、カシュカシュ音を立てながら、なんとか取ろうと格闘していた。
ただ今日の方が、がっつり巻かれている。まるで「取れるもんなら取ってみろよ」と挑発するかのように。
「───…… おい。昨日も言ったが、軍医直伝の巻き方を舐めるなよ。絶対に取れない」
「あら、起きてたんですか?」
きょとんと眼を丸くしたベルにレンブラントは「当たり前だ」と言って、組んでいた腕を外して姿勢を正した。
「てっきり職務怠慢で居眠りしているんだと思っていました」
「……あんたのソレを目に入れたくなかったんだ」
「良い年した大人が、居眠りを人のせいにしないでください」
出会ってからまだ3日目の人間に対して、こんなにナチュラルに毒を吐けるベルに、レンブラントは苛立ちを通り越して呆れた笑いを零した。
ただ、せっかくの治療を台無しにされるのは見過ごすことはできない。
「嫌かもしれないが10日だけ我慢しろ。そうすれば包帯は外れる」
「……やだ」
ぷくっと頬を膨らますベルに、レンブラントは怒鳴ることはしない。
言葉で止めさせることができるなら、もうとっくに止めている。そんな達観した気持ちで肩を竦めるだけ。
そんな呆れ顔の軍人を見て、ベルは会話は終わったと判断して再び包帯を触り始める。
本日は指にもそれが巻かれているので、動かしにくいことこの上ないようだ。しかし、この程度で折れるような少女ではない。
なんとかして包帯を取ろうとするベルは、レンブラントからしたら昨日よりも更に飼い犬のスタラの姿と重なってしまう。
ただスタラの方が、従順だし愛想も良い。
愛犬のスタラはビーグル犬で、撫でれば千切れるほど尻尾を振り、元来寂しがり屋の犬種だから拗ねたり甘えたりと表情豊かだ。
目の前にいる少女とは、はっきり言って真逆である。
どうでも良いことかもしれないが、動物に例えるならベルは間違いなく猫だとレンブラントは思った。しかも絶対に懐かないタイプの。
「……包帯に代わる何かを見付けないといけないな」
レンブラントは、ベルに気付かれぬようそっと独り言ちた。
ベルは無傷で届けなければいけない護衛対象ではあるが、もともと負っている傷を手当するのは任務に含まれていない。
でもあの傷を見た瞬間、レンブラントは自分でも制御できない感情に支配されてしまった。そして今でもその感情は、消えていない。
むしろ日を追うごとに強くなっていく。
【ねぇねぇ、レンは、あのお嬢ちゃんの事、一目見て気に入ったの?】
近々再開する悪友の言葉が蘇り、レンブラントは密かに舌打ちした。
切れるもんなら今すぐ縁を切りたいと思っている腐れ縁の相手から、図星を指されるのはかなり腹が立つ。
それに、時間を追うごとにベルに対して異常なまでの庇護欲を持ってしまう自分を知られたらと思ったら……。
レンブラントはそこまで考えて、深いため息を吐いた。
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