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ベルはレンブラントの膝から離れたというのに、まだプルプルと小刻みに震える。
それは未だに恐怖に支配されているから───ではなく、屈辱感で。
許されるなら地団駄を踏みたいし、イーッとハンカチを加えたくてたまらない。
でも、レンブラントの演技に気付かず無様に狼狽えてしまったのは事実だから言い返すことができない。
そして口が避けても、「だって結婚なんかしないから、知らなくていいんだもんっ」というセリフは言ってはいけない。めちゃくちゃ言いたいけれど。
だからベルは、こてんぱんにやられてとても悔しい思いを隠しきれず、メオテール国で一二を争う程の膨れっ面をしている。
ちなみに、その小さな頭の上には、まだ大きな手が乗っかっている。
そしてその手の持ち主は、静かに口を開いた。
「あんたが置かれていた状況は、俺が想像できないくらいにとても辛かったんだと思う。……でも自棄になるな」
「……」
諭すように語るレンブランの口調は、出会って数日の人間に向けるものとは思えないほど柔らかく優しかった。
「さっきの事で、わかっただろう?結婚と肉体関係を結ぶことは同義語なんだ。そして抱き方ってのは、男によって千差万別。中にはどうしようもない変態だっている。その腕の傷程度じゃ済まないかもしれないんだ。焦る必要はない。……もう一度よく考えろ」
ベルの頭に手を置いたまま心の奥に届くように語りかけてくるレンブラントの目は、いきがっていた子供をたしなめるものではない。
慈愛さえ感じるほど、穏やかで───特別な誰かを見るものだった。
けれど、残念ながらベルはそれに気づかない。そしてベルの心を動かしたのは、別のところだった。
「あの……レイカールトン侯爵も変態なんですか?」
「んなもん知るか」
吐き捨てるようにそう言ったレンブラントは、ベルの頭から手を離してそのまま乱暴に腕を組む。
でも、ベルはこの程度で引き下がるつもりはない。貴重な情報は、効率よく入手しておきたい。
「でも、どんな人か知っているんですよね?」
「そうだなぁ、全く知らないわけじゃないが……あんたに語れるほど多くは知らない」
「あなたの基準なんてどうでも良いです。とにかく、知っていることを全部話してください」
「やだね」
レンブラントは心底嫌な顔をして、ベルの言葉を遮った。
これまでなら、ここでベルが激昂する流れになるだろう。けれど、ベルは声を発することなく唇を噛んだ。
(なぁーんか、引っ掛かるんだよね)
レンブラントは、饒舌だ。聞いて欲しくないことまで聞いてくるし、聞きたくもないこともまで喋ってくる。そして一言多い。
なのに、レイカールトン侯爵のことを質問すると急に突き放した態度を取る。
それは自分に何か知られたくない事情があって、レイカールトン侯爵自身が情報を与えるなとレンブラントに指示をしているのか。
または、レンブラントが個人的に判断して、話そうとしないのか。
それとも、ただ単にカッコ付けて色々語ってはいるが、実のところレンブラントは侯爵のことを何もしらない可能性だってある。
一度引っ掛かりを覚えたそれは、妙に気になってベルは悶々と考え続けてしまう。けれど、
「───……ところで、お嬢ちゃん、これは提案なんだが」
「は?何ですか?」
思考を中断されたベルは、やや苛立ちを含ませてレンブラントに返事をする。
そんなベルに対して、レンブラントはにこやかにこんな問いをぶっこんで来た。
「レイカールトン侯爵と結婚するんじゃなく、俺と結婚するっていうのはどうだ?」
「はぁ?」
「俺はなかなかの高給取りだ。あんたが食うに困らない生活くらいはさせてやれる。女に手を挙げるような下衆なことはしないと誓って言える。それに何より……」
「なにより?」
「あんたの口の悪さや、2階の窓から飛び出そうとするお転婆を甘んじて受け入れられるのは俺だけだ。どうだ?」
ぐいっと前のめりになって返事を乞うレンブラントに、ベルはとても悲しい顔をした。
そして、はぁーっと深く溜息を付いた後、ぽつりとこう言った。
「……ロリコン上司の下で働くラルクさん達が、気の毒でなりません」
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