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ベルは、義理の母と姉から長年虐げられた過去が邪魔して、自分がどう振舞ったら他人から好意を向けられるのかわからない。
だからこれといって思い当たることがないのに、フローチェが異常なまでに好意を持ってくれても、どうして接して良いのかわからない。
そして自分のことがわかっているようで何にもわかっていないベルは、レンブラントが残していった宿題は手付かずのまま。
(……結局、何が言いたかったんだろう。あの人は)
ヒントすら与えずに丸投げされてしまった難題に、ベルはむむっと渋面を作る。
道筋立てて物事を考えるのは嫌いじゃない。最善策を考えるのも、この年にしては割とできる方だと思う。
でも、レンブラントからの問題は、これまで培ってきた経験とか知識は役に立ちそうもない類ものだ。
人は経験を積み重ねて大人になり、知識を得ていくというのに、残念ながらベルは1回しか口付けをしていない。
しかもなし崩し的にされたのだ。そこそこ経験があったら、あの時のレンブラントの熱い吐息だけでピンとくるけれど、ベルは色気の無いことに苛立ちからの荒い息と解釈している。
(あーもー、お手上げだ)
さすがにここでバンザイをするのは変に注目を浴びてしまうので、ベルはソファの肘掛けに頬杖を付いて眼を閉じる。
サロンでは相変わらず、フローチェがラルクにダメ出しをしたり、着替えを命じたりと忙しそうだ。ラルクがどんどん涙声になっているのが、胸に刺さる。
ここはドンマイと言うべきなのか頑張れと彼にエールを送るべきか悩むところ。
ちなみにベルは、なぜ自分がラルクの女装させられている部屋に連れてこられたのかわからない。
とにかく付いて来いとフローチェに命じられたので、大人しくここにいる。
そしてラルクの女装に興味を持てないベルは、頭の中でずっとずっと、レンブラントのことを考えている。
今彼は、この屋敷にいない。
というか、宿題を押し付けられたのを最後に、もうずっと会っていない。
レイカールトン侯爵を呼びに行くとは言っていたが、はたして本当にそれが実現できるのかも不明だ。
屋敷に残ったラルクとモーゼスにそれとなく聞いてみたけれど、彼らは曖昧に笑うか言葉を濁すだけ。
フローチェも何か知っているようなので、こそっと尋ねてみたところ「情報を引き換えに1日だけ妹になって!」と取引を持ち掛けられてしまった。
少し悩んでしまったけれど、ラルクとモーゼスが必死に止めたので、結局、丁寧にお断りした。だからフローチェからも何も聞き出すことはできなかった。
(ううっ……次にレンブラントさんに会うまでに、ちゃんとあの時の口付けの答えを見つけないといけないよね。あの人、変に意地悪だから教えてって言っても教えてくれなさそうだし)
ベルはこっそりため息を吐きながら、しかめっ面で「考えろ」と言った軍人の顔を思い出す。
あの時、レンブラントは意地悪で突き放すことを言ったわけではない。意固地になっていたかと言われればその通りなのだけれど。
ただ恋愛に関してだけは悲しいほどに鈍感なベルは、心の中がもやもやするだけで答えには当分辿り着きそうにもなかった。
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