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人をコケにしたような笑い方をしているダミアンは、地味な色味の旅服を纏っている。
だが、マントも上着も上等な生地で仕立てられている。靴だってピッカピカだ。
それに、ただ突っ立っているだけなのに、どことなく品の良さを感じる。……ということは、もしかしたらそこそこ身分のある者なのかもしれない。
(いーやっ、私服を着ているだけで実はこの人も軍人なのかもしれない。うん、きっとそうだ。そうに違いない!)
軍人は軍服を着てこそ軍人なのだが、ケルス領では、軍人達はよほどのことが無い限り私服で警護にあたっていた。
それは元領主の一存で、領民に威圧感を与えるのは決して理想的ではないという理由から。
そんなわけでケルス領で生まれ育ったベルは、私服軍人がいるのは当たり前だと思い込んでおり、自分の発想が間違っているとは露ほどにも思っていない。
チャラくて、礼儀知らずで、しかも軍人。
出会って一時間足らず。だが、ベルがダミアンのことを嫌いな奴と認定するには十分だった。
それに、どうせ自分は冤罪で捕まった身。罪の一つや二つ増えたところで、今更、辿り着く先は変わらない。そんな投げやりな気持ちが背中を押す。
だから、ベルは決めた。
この優男の顔を引っ叩く代わりに、ぐうの音も出ないようにしてやろうと。
「ダミアンさん、お答えします。私がどんな生活してたかっていうとですね......」
中途半端に言葉を止めたベルは、グイっと両の袖をめくってみた。
6個の目がベルのむき出しになった腕に集中する。すぐに部屋の空気が一変した。
でも、ベルは気にせずきっぱりと言い切った。
「こういう生活をしてました」
「……なっ」
「……うへっ」
「……ひっ」
部屋にいる男たちは短い言葉を上げ、顔を強張らせた。
レンブラントを含めた3人が言葉を失うのも無理はない。ベルの腕には、数多の傷ができていたのだ。
擦り傷。切り傷。赤紫から黄色のグラデーションになった内出血に火傷。それらが細い腕に隙間なく刻みつけられていた。見るからに痛そうだった。
けれどベルは傷の痛みなどまったく感じていないといった素振りで、毅然と敵兵の奇襲にあったような顔をした男たちを順番に見つめる。
「そういうことだから、私のこと勝手に決めつけないでくださいね」
そう言って袖を元に戻そうとした。
けれど、それをレンブラントが素早い動きで止める。次いで、ダミアンに向かい声を張り上げた。
「おいっ、女将から急いで薬箱を借りてこいっ」
「ラルク、お前は外に出ていろっ」
窓ガラスが割れんばかりの勢いで命じられたダミアンとラルクは、転がるように廊下へと飛び出していった。
「……一体、なぜこんなことに」
今しがた怒鳴ったのが嘘かのように、そっとベルの痛ましい皮膚を撫でるレンブラントの瞳は憂いていた。
黄色とオレンジ色の間のような瞳は、水面に映し出されているかのように揺れている。
だがそんな眼差しを受けても、ベルは何も言わない。言うつもりも無い。
内心、ムキになって傷をさらしてしまったことを、もの凄く悔いているから。
だからレンブラントに掴まれている腕をそっと引き抜こうとする。でも、抜けない。
ムキになって気付かれないよう何度か試みるも、まるで糸で縫い合わされてしまったかのように、びくともしない。
どうやら彼の手には、かなりの力が込められているみたいだ。
いや、まさか自分の思考を読んで、浮かべる表情とは裏腹に逃亡を阻止するためなのかと疑い、ベルは顔を引きつらせる。
「……あの……手を離して下さい」
「ああ」
あっさりと首肯したレンブラントだけれど、一向に手を放す気配が無い。
さすがにどういうことかとベルが目で訴えれば、「手当てをしたら、な?」とレンブラントは軽く眉を上げながら答えた。
(罪人に傷の手当する……。は?どういうこと??)
ベルはさっぱり意味が分からず、石像のように固まってしまった。
それからすぐ薬箱を抱えてダミアンが戻って来たが、レンブラントはそれを受け取ると同時に、彼も部屋から追い出した。
その後、傷の手当は深夜まで及び、結局ベルはレンブラントから連行された真相を聞かされることなく、翌日を迎えることになってしまった。
またレンブラントも、手当中にベルが寝入ってしまった為、この傷の経緯について詳しく聞くことができないまま夜が明けてしまった。
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