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「ベルちゃんあのね、チョコレートに入っているカカオの成分は脳に栄養を与えるだけじゃないのよ。ストレス軽減にもなるし、美肌効果だってあるの。だから、チョコレートは正義。さぁ、もっとお食べなさい」
「あ、はい。食べてます」
滑らかにチョコレートの豆知識を語ってくれるフローチェを背景音楽に、ベルはもうとっくに、お皿に並べられている小粒チョコをいただいている。
しかし、このチョコ、よく見れば一つ一つデザインが違う。味も微妙に異なっている。
多分、ポイポイ口に入れて良いものではないのだろう。
ベルは、残り半分になってしまったチョコレートを見て、手を止めた。
「あら、ベルちゃん遠慮なんてしないで。もっとお食べなさい。あなたは、ちょっと肉付きが悪いから、抱き心地が悪いと言われちゃうわよ。スリムな方が着れるドレスは多いかもしれないけれど、それだけじゃ魅力的とは言えないわ」
「……はぁ」
華麗なウィンクと共にフローチェからそんなことを言われて、ベルは今日のおやつはここまでにしようと心に決めた。
だってフローチェの発言は、ここにいない誰かに向けてのアドバイスをしているようにしか聞こえないから。
ただベルはそこそこ賢いので、ムキになって言い返すことはしない。
さらりとフローチェの世迷い言を聞き流して、ティーカップを手に取り口元に運ぶ。
「あ、そうそう。チョコレートっていうのは、昔はね王族や戦士の間で精力剤や媚薬として使われていたみたいなのよ。ベルちゃん、知ってた?」
(知るか!!)
急に淫猥なネタをぶっこんでくれたおかげで、ベルは危うく口に含んだお茶を盛大に噴き出すところだった。
どうにか惨事は免れたが、ベルはゴホゴホとむせてしまう。
「やだぁーもうっ、ベルちゃんったら、この程度で真っ赤になって可愛らしいわ。好き。……っていうことは、レンは本当に───」
「フローチェ様、お戯れはこの辺りにしておきましょう」
ノリノリで語るフローチェを止めたのは、ガドバルドだった。
しかも彼は、絶賛咳き込み中のベルの為に、グラスに入った水を手渡してくれる。よくできた執事である。
声を出すことができないベルは、ペコペコ頭を下げながらありがたくグラスを受け取る。
「あら、ベルちゃんはもう18歳よ?18歳といえば私は、とっくに人妻になっていた年なんだから、これくらいのお喋りは戯れにすらならないわ」
妨害されたことに怒りを覚えているのか、フローチェは足を組んで、むっとした表情を作る。
けれどもガドバルドは動じることは無く、再び口を開く。
「物事全てがフローチェ様の基準で動いているわけではございません。今後はそのような話題は、どうぞお控えください」
「ふふっ、あなたの言い分は確かにその通りね。でも約束はできないわ。だって、女の子はこういう際どい会話が大好きなんですから。─── ねえベルちゃん、そう思わない?」
物申す執事と、好戦的な笑みを浮かべる女神。
火花散るこの光景は対岸の家事であれば、なかなか面白い。だが、自らその渦中に飛び込むとなると話は違う。
だからベルは、はっきり言葉にして答えることは避け、まだ咽いているので声が出せませんという体を貫きながら、グラスの水を飲み続けた。
一方、部屋の隅ではラルクが女装をしたままオロオロとしているのが、残念ながら誰もそれに気付くことはなかった。
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