4.女神の一本釣りと、とある軍人の涙

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(……フローチェさんが釣ったのは、一匹だけじゃなかったんだ)  女神ことフローチェは、美しさと押しの強さに加えて、釣りの腕までピカイチだったことに、ベルは「ははは」と乾いた笑いを浮かべる。  だがしかし、すぐさま横から「しっ」と嗜められてしまった。 「ごめんなさい」  ベルは口パクで隣にいるモーゼスにぺこりと謝る。  そうすればモーゼスはにこっと笑って、ベルの頭を慰めるようにポンポンと優しく叩いてくれた。  その仕草は孫を可愛がるおじいちゃんのようだが、反対の手にはしっかりと剣が握られている。  それは足が悪いモーゼスが杖代わりにしているわけではない。いつベルの身に危険が及ぶかもしれない状況だから、それを手にしているだけだ。 ***  ラルクが男のプライドを捨てて、ベルに扮して近くの街を練り歩くこと10日。  街の人達から一度も女装と見破られなかったのは、ラルクが心まで女性に扮してくれたのか、それともフローチェがドレスに始まり、小物に至るまで完璧なチョイスをしてくれたのが功を奏したのか───その両方なのかはわからない。  ただ”街人じゃないが、ここ最近良く目にする撫子色の髪の女の子”の存在はかなり広範囲に知れ渡り、ベルをずっと探している人物の耳にまで届いたようだった。  ただその間、ラルクは他人様の手足を借りないと数え切れないほどナンパを受けた。  さすがに任務中の彼は、ナンパしてきた相手に「俺は男だ」と言うことができず適当にあしらったそうだが、その後「あいつら全員ぶっ殺す」と物騒なことを呟いていた。  本当に実行したという報告は受けていないので、ベルはその呟きは聞き流すことにした。  そんなラルクの苦労の甲斐あって、今日、ここには女神が釣り上げた巨大魚が2匹いる。またの名を、ベルの義理の姉二人ミランダとレネーナとも言う。  ミランダとレネーナは、今日の朝早くにフローチェの邸宅に押しかけて来た。  きっとベルに扮したラルクの噂を聞きつけて、そしてここに仮住まいをしていることも調べて、駆け付けてきたのだろう。  それは容易に推測できた。ただ、この二人までもがケルス領を離れて自分を探していることに、ベルは驚きを隠せなかった。   しかしこの屋敷の主であるフローチェは、まったく動揺する素振りをみせず、堂々と玄関ホールにいる二人の前に現れた。 「突然押しかけてすみませんわね。わたくしはミランダ・クラース。ケルス領の者ですの。そして隣が」 「妹のレネーナですわ、初めまして」 (二人とも、すっごい余所行きの顔……気持ち悪っ)  ベルの知っているミランダとレネーナは、意地悪く凶暴で、例えるなら触るもの皆傷付けるトゲ付き棍棒なのに、ここにいる二人はその狂気を隠して、礼儀正しく微笑んでいる。 (女って怖い……本当に怖いっ)  自分の性別も女であることをすっかり忘れ、ベルは完璧に引いた。  けれどもフローチェは、そんな猫っ被りの二人に対し、詳しく要件を聞くこともなく、にこやかにサロンへと誘った。  ちなみにフローチェが義理の姉二人を通したサロンには、面白い細工がしてある。  壁に取り付けてある鏡は、反対の部屋からは丸見え状態───いわゆるマジックミラーというもので、しかも特殊な壁材を使用しているので会話は筒抜け。  まぁつまり、怪しい客限定に使われる部屋であり、客人が不審な行動を取ったらすぐさま武力行使ができるようになっている。  そんなわけで、ベルとモーゼスはフローチェと義理の姉二人がいるサロンの隣の部屋にいるが、それ以外にも帯剣した護衛騎士が数人控えていたりする。
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