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ベルが同意を見せた後すぐにラルクはモーゼスに肩を叩かれ、護衛騎士達にも「お疲れ!」と労われ、トボトボと着替えの為に部屋を出ていった。
ただ出口扉を開けるとき「......今日のことは忘れてください」と、悲痛な声で訴えた。
もちろんベルは即座にうなずいた。モーゼスと護衛騎士たちも深く頷いた。でも、フローチェだけが頷かなかった。
無言は肯定とも取れる。だから否と言わなかったフローチェに、ラルクはわずかな希望を持って廊下へと消えていった。
それから数分後。
モーゼスと護衛騎士達はもう危険性は無いと判断したのか、ただ単に空気を読んでくれたのかはわからないが、静かに礼を取るとサロンを出て行った。
だから今、ここにはベルと女神の二人っきりである。
「......あの、フローチェさん」
「なあに?」
緊張してやけに固くなってしまったベルの声をほぐすかのように、フローチェは柔らかな声で返事をした。
そしてベルが続きの言葉を紡ぐ前に、口を開く。
「あのね、わたくしは美しいものが好きなの。そして、あの二人は醜かったわ。だから手酷くあしらって早々に帰って貰っただけ。そしてベルちゃんはとても美しいわ。だからわたくしは、無条件にあなたの味方なの。……わかる?」
「いえ、ちっとも」
ベルは即答した。
ありえない持論を展開するところは、さすがレンブラントの従妹だとは思うけれど、その思考には理解できなかった。
でも首を傾げるベルを見ても、フローチェはにこにこしている。
そしてほっそりとした手を伸ばしてベルの髪に触れた。
「この奇麗な色の髪をね、あなたは自分で切ったのか、誰かに切られたのかわからないけれど、わたくしはその原因を作った人を許せないの。……ふふっ、きっとね、ここには居ないレンブラントも、そう思っているわ」
「……っ」
まさかここで彼の名が出てくるとは思わなかったベルは、思わず息を吞む。
そんなベルの仕草に満足したのか、フローチェは更に笑みを深めてこう言った。
「これでしばらくは、ここは静かになるわ。だからベルちゃん、ゆっくり考えなさい」
─── レンブラントのことを、どう思っているのか。
はっきりと言葉に出され、ベルはなぜか頬が熱くなった。
ベルがレンブラントに向かう気持ちに名前を付けたかどうかは内緒だけれど、翌日からラルクは軍人のラルクに戻った。
心の中に溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように、毎日毎日、護衛騎士と共に楽しく激しく熱心に剣を交えている。
対してベルは、フローチェの着せ替え人形になった。
しゃらりんとした豪奢なドレスを着ては脱いで、脱いでは着てを繰り返し、その恰好のままフローチェとお茶をしたり、庭をお散歩したり、時にはカードゲームをした。
淑女の間ではカードゲームは下品な遊びという認識のはずだったけれど、フローチェは本気で挑んで、その度にベルに惨敗した。
あまりに負け続けるフローチェを見て、ラルクは「コイツには勝てる」と思ったようで、途中から加わった。……残念ながら、ラルクはフローチェにもベルにも一勝もできなかった。
最下位になったラルクは、また女装を強要されたが、これは公平なるゲームの結果である。軍服を脱いでドレス姿になったラルクを見ても、今回は誰も同情する者はいなかった。
そんな平穏な日々が半月ほど続いた、とある日───。
どうしても外せない商談があると言って、フローチェは護衛達を伴って街に出かけることになった。
「じゃあ、行ってくるわね。ベルちゃんに美味しいお菓子を買ってきてあげるから、お留守番よろしくね」
そんな言葉と、神様ですら魅了するウィンクを残して。
けれどフローチェは、夕方になっても、翌日になっても、屋敷に帰ってくることはなかった。
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