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「いやぁあああああっ、やめてっ!! 誰か助けて!!」
ベルは喉が破れんばかりの勢いで悲鳴を上げ、全力でもがいた。
すぐさま「何だ、どうした」とあちらこちらから声が上がる。
と同時に、いかにも正義感の強そうな男が一人近付いて来たかと思えば、勇敢にもダミアンの襟足を掴んだ。
それから、べりっと音がしそうな勢いでベルからダミアンを引き剝がす。
「何やってんだよ、てめぇ」
「いや、違うっ!この子は僕の」
「黙れ、この変態っ。昼間っから年端もいかない子供をどこに連れ込もうとしたんだよ!」
「どこって……そうじゃない!誤解だ!!」
「何が誤解だっ。お前みたいな変態は、大抵そう言うんだっ」
怒鳴りつける名も知らない厳つい男は正義感も強いが、腕っぷしも強いようでダミアンがどんなに暴れてもびくともしない。
そして問答無用といった感じで、ダミアンを無理矢理とある方向に引きずって行く。多分向かう先は、警護団の詰所だろう。
(ダミアンさん、本当にごめんなさい。それとどうか持ち前のお茶目なキャラと豊富な財力で自力脱出してください。最悪どうにもならなかったら、レンブラントに助けを求めてください)
きっとダミアンが聞いたら憤慨するであろう台詞をベルは心の中で叫ぶと、くるりと背を向け真逆の方向へと駆け出した。
ついさっきの騒ぎで、街はちょっとだけ騒然としており、全速力で走り抜けるベルに人々は不躾な視線を向ける。
中には気遣う言葉をかけてくれる人もいるけれど、ベルはそれら全部を無視して息を切らしながら走った。
スカートの裾が豪快に靡き細い足首を晒そうが、反対側から来た人とぶつかろうがお構い無しに。
見慣れない景色は、記憶に留める間もなく流れるように過ぎ去っていく。とにかく騒ぎがあった場所から離れることでベルは頭が一杯だった。
そして適当な裏路地に入り込み、速度を落とす。みっともないくらい肩で息をしながら、それでも足を止めることはしない。
(食い付いて来て。私に気付いて、お願い!)
ベルはダミアンを生贄にして、自分がここに居ることを大勢の人間に示したのだ。
フローチェはおそらく誰かに囚われていて、きっとその身の安全を引き換えに、取引を持ち掛けてくるであろう人物だ。
その相手とは、ベルが良く知る人物に間違いない。そして取引とは───
「そこの女、止まれ」
ベルが歩きながらも思考を巡らせていれば、背後から鋭い男の声が飛んできた。
声の質からして、軍人でもなければ紳士でも、酔っ払いでも無い。己の欲の為なら人を殺すことに何の躊躇もない人種のそれ。
間違いなく人生で絶対に関わり合ってはいけない危険人物だ。
でもベルは言われるがまま、ぴたりと足を止めた。
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