【私は】【俺は】─── この時をずっと待っていた

7/26
前へ
/117ページ
次へ
 辺境伯は、国境の領地を守護する者。  国の要である辺境伯は、いついかなる時も有事に備えていなければならない。  だから、めったなことが無い限り、辺境伯は領地を離れることは無い。それこそ国王陛下からの呼び出しでもなければ。  そんなある意味、足枷が付いている人間がここにいる。  もちろんならず者を雇って自分を探すような状況なのだから、国王陛下からご招待を受けて領地を離れたわけでもなさそうだ。  つまり、フロリーナはケルス領から逃げてきたのだ。三度の飯より大事な権力と財力を放り出してまで、逃げざるを得ない状況になっている。  ベルは短い時間でそこまで考えると、むくりと身体を起こした。  てっきり拘束されているかと思ったけれど、手足は自由だった。でも、雑に運ばれたようで身体の節々が痛い。 (まったく痛覚ってのは、あってもなくても邪魔なものだな)  乱れた髪を手櫛で整えながら、ベルは心の中で豪快に舌打ちした。  しかし、そんな余裕をかましながらも忙しなく目を動かし周囲を探る。  自分が運ばれた場所は倉庫のようだ。  でも、がらんとしていて埃っぽい。長い間手入れをしていないのは一目瞭然で、窓にいたってはガラスが割れている。くたびれ感満載のここは、廃墟と呼んでも過言ではない。  しかし明かりが必要とするほど暗くないのが、せめてもの救いだった。  ごろつきと呼ぶのに相応しい人相の悪い男たちが片側の壁でこちらを見ているのがしっかりわかる。そして、その後ろに自分を心配そうに見つめているフローチェの姿も確認できた。  ちなみに、女神はこんな薄汚い場所にいたってやっぱり美しい。たとえ、その口に布が嚙まされていて、荒縄で拘束されていても。  ただ因縁のクルトや、義理の姉妹二人。ついでにミランダの夫であるケンラートまでいるのはいただけない。  それに、一家総出のこの状況は、まさに夜逃げしてきたとしか思えない。いや、きっと取るものも取りあえず、逃げたのだ。長年重ねてきた罪を自分に押し付けるために。  ベルは自分の推測がほぼほぼ当たっていることに確信を持つと、床に手を付いて立ち上がった。    そして口を開く。ただ口にした言葉は、嫌味も煽るものでもなかった。 「お久しぶりです。お義母さま」  微笑みながらスカートの裾を持ち淑女らしい礼を取ったベルに、フロリーナは不快そうに眉を顰めた。まったくもって可愛げが無いとでも言いたげに。  しかしフロリーナは、すぐに表情を改める。  「ええベル、久しぶり。元気そうで良かったわ。あなたが急に屋敷から消えて、ずっと心配していたのよ」 「あら、お義母さま。心配していたのは、わたくしではなく【領印】ではなくて?」  すぐさま嫌味を吐いたベルに、もうフロリーナは取り繕うことを放棄した。  一瞬で変わった表情は、馴染みのあるそれだった。
/117ページ

最初のコメントを投稿しよう!

197人が本棚に入れています
本棚に追加