【私は】【俺は】─── この時をずっと待っていた

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 偽りの仮面を脱ぎ捨てたフロリーナは、瞳に憎悪を滾らせると大きく息を吸い込んだ。 「あんたがアレを壊さなかったら、こんなことにはならなかったのよ!!」  布地を引き裂いたような悲鳴に近いそれを聞いても、ベルの表情は動かない。  内心、領印を壊さなくっても遅かれ早かれ悪事はバレると突っ込みを入れたいけれど、ただただ無言を貫き、フロリーナを見つめる。  燃えるような赤髪にビターチョコレートのような黒茶の瞳。四十を過ぎているが、贔屓目無しに現辺境伯は美しかった。 (昔は、私......母とは思えなくても、この人と仲良くしようと努力したこともあったんだよな)  ベルは、ぼんやりと過去のことを思い出す。  フロリーナのために花を摘んだことを。鳥が好きだと小耳にはさんで、小鳥の刺繍を入れたハンカチをプレゼントしようとしたことを。厨房のシェフの手を借りて、彼女のためにカップケーキを焼いたことを。  今となっては、なんて無駄なことをしたのだろうと呆れてしまうが、あの頃は、屋敷に突然居座り始めたこの女を自分なりに歓迎しようとしていたのだ。  ただその想いは踏みにじられ、与えられたのは虐待と呼べるもの。 (......そういえば、何でそこまで自分を嫌うのか聞いたことがなかったなぁー)  今頃になってベルはそのことに気づいた。けれど、あの頃は聞く機会も尋ねる勇気もなかったなと思い直す。  だからといって、今更聞こうとも思わないけれど。   そんなふうにベルが余所に意識を向けていても、フロリーナはずっと罵詈雑言を浴びせている。 (もともと無口とは真逆の性格だとは知っていたが、本当に良く喋るなぁー、この人)  ベルは慣れ親しんだそれに傷つくことも動揺することもせず、ただただ右から左に聞き流す。  だがしかし、次に発したフロリーナの言葉にベルは小さく息を飲んだ。 「あんたなんか、あの時、とっとと殺しておけば良かったわ」 (は?......殺す??)  聞き捨てならないそれに、ベルの眉がピクリと動く。  それを都合良く受け取ったフロリーナは、意地悪く唇を歪めながら再び口を開いた。 「あらベル、その顔......まさかって思ってるの? ふふっ、殺されるはずないなんて思っていたなら、ずいぶん図々しい性格をしているのね。あのね、わたくしずっと殺す気でいたの。あんたが憎くて憎くて堪らないから。でも、直系の......しかも一人娘であるあんたが居ないと、後々辺境伯の地位が脅かされると思って、しばらく生かしておいてあげただけ。でも、もうあんたなんか用済みだったから、殺すつもりでいたのよ」 「......っ」  衝撃の事実を知ったベルは、目を限界まで開く。だが震える唇を叱咤して、たった一つの質問をフロリーナに投げた。 「それは......いつ?」 「あんたが、屋敷を飛び出した日よ」  間髪入れずに答えたフロリーナに、ベルは納得したようにゆったりと笑みを浮かべた。  (そっか......だからあの時、皆さんは拳銃を向けたんだ)  本当はずっと気になっていた。  突然目の前に現れたレンブラント達がどうして自分に拳銃を向けたかを。  あの時、ベルの背後には殺し屋がいたのだ。  そしてそれを阻止するために、彼らは銃口を向けたのだ。自分ではなく、その先にいる暗殺者に向けて。
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