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(まったく……そうならそうと、早く言ってくれれば良いのに)
まさかフロリーナの口からあの日の連行事件の真相を知るとは思わなかったベルは、思わず苦い顔をする。
あの時、ぶっちゃけ怖かった。
見知らぬ軍人から拳銃を向けられ、横柄な口調で命令されて。
宿屋で逃亡しようと窓枠に手を掛けた時だって、本当は震えていた。チョロイチョロイと舐め腐ったことを言わなければ不安で胸が押しつぶされそうだった。
そりゃあ後から拳銃を向けたことを詰ったら、謝罪はしてくれた。でも、レンブラントは詳細は語らなかった。
ただ、今となっては合点がいく。
レンブラントは自分を護る為に最善の策を取ってくれたのだ。
だから急いでケルス領を出たのだ。他の領地へと移ることで、暗殺者は手を出せなくなる。なぜなら、フロリーナが持つ権限は、ケルス領に限定されているから。
しかし、ちょっとくらい事情を教えてくれてもと、ここには居ない銀髪軍人に恨み言を言いたくなってしまうのは致し方ない。
(まぁ……どうせ、私を不安にさせないようにとか、怖がらせないようにとか、そんなくだらない理由で言ってないんだろうけれど)
自分はレンブラントの目に、どんなふうに映っているんだとベルはふと思う。万が一、虫一つで悲鳴を上げる深窓の令嬢だと言われたら、本気で彼の神経を疑うだろう。
でも、あながち違うとも言い切れない。
それくらいレンブラントは、ベルに対して優しく接してくれていた。護衛対象者という枠に収まり切れないほどに。
「─── ねえ、ベル。あなた死にたくないわよね?それに、大切なお友達が死ぬのも見たくないわよね?」
急に声音が変わったフロリーナに、ベルははっと我に返った。
やっと本題に入ったのだ。
ここからは、何一つ間違えてはいけない。
自分一人だけならば、どうにでもなる。けれども、ここには女神がいる。護衛騎士達が取引に使われたのなら話は別だけれど、フローチェだけは絶対に無傷で解放してもらわなければならない。
だからベルは、静かに息を整え、どんなふうにでも取れる表情を作ってフロリーナが次の言葉を放つのを待つ。
「今日からあなたがケルス領の辺境伯におなりなさい。そして、自らの口でこう言いなさい。”全ては自分が裏で手を引いていた”と。良いわね?」
思っていたより愚かな提案に、ベルは噴き出すのを必死に堪えた。
精神を病んで屋敷に引きこもっていると周知していたくせに、今更そんなことを言ってどこの誰が信じるというのだろうか。
だが、フロリーナ達が生き残る術は、きっとそれしかないのだろう。
もしかして動かせるだけの金をかき集めて、ケルス領から逃亡したのかもしれない。そして自分が全ての罪を被って、辺境伯として裁かれている間にどこか遠い異国の地に亡命しようと考えているのかもしれない。
いや、そうに違いない。
ベルはゆっくりと、生さぬ仲である書面上だけの家族を見渡す。
義理の姉であるミランダと、レネーナ。そしてケンラートとクルト。最後にフロリーナを。
皆、揃いも揃って、罪悪感も後ろめたさも感じていない表情を浮かべていた。
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