【私は】【俺は】─── この時をずっと待っていた

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「......何が逃がさないなのよ。何が許さないなのよ」  フロリーナは目の前にいる少女に向け呟いた。 (綺麗事ばかり口にして。本っ当に憎たらしいっ。わたくしは、悪いことなんて一つもしていないわっ)  この心の叫びの通り、フロリーナはこれまで辺境伯として悪行を積み重ねていることに、何一つ罪悪感を持つことはなかった。  フロリーナの中には”そうしても良い、この程度なら許される”という彼女だけに通用する大儀名分があった。 ***  フロリーナはとある男爵家の娘だった。  そして前の夫バデュセス・リーフは、伯爵位を持つ男だった。美しいフロリーナはその美貌を買われ、伯爵婦人となった。それなりに幸せだった。  しかし夫はある日突然、軍人に拘束された。  異国と不正な貿易をしている事業家と繋がりがあるという嫌疑をかけられて。  結果は黒であり、バデュセスは犯罪者になった。そして投獄され、獄中で病死した。  罪人が死んだとて、罪は残る。だからリーフ家は財産も、爵位も、何もかも没収され、フロリーナは身一つで放り出されたのだ。  バデュセスが犯した罪は、拳銃の密売だった。  後に殺人兵器と呼ばれるそれの技術の一部を、とあるツテから入手し、密輸を主とする事業家に売り払い現金に換えていたのだ。  メテオール国は軍事国家だ。軍事に関わる悪事は、重い罪に問われる。だから本来なら、家族も処罰の対象になる。  けれども、国王はバデュセスだけを断罪した。温情ともいえるべき処罰だった。  しかし、そんなことにも気付けないフロリーナは子供二人を抱えて、途方に暮れた。  浮浪者同然になった自分を嘆き、そんな目に合わせた夫を憎み、夫を拘束した軍人を恨み、順風満帆な人生を歩む人々を妬んだ。  でも、そんな不平不満を述べていたって、幼い娘二人はお腹が空いたと、寒いと、歩きすぎて足が痛いと泣く。  フロリーナは母親として最低限の母性だけは持っていた。そして、あらゆるものに憎悪を滾らせていても、娘を愛する気持ちだけは捨てていなかった。  だから、まず最初に実家に戻ろうとした。けれども、両親はそれを拒んだ。犯罪者とかかわり合いたくないとはっきりと言葉にして、フロリーナと絶縁したのだ。  フロリーナは本当に浮浪者となった。  ただ寄る辺ない身の上になっても、最初はこっそり持ち出した宝石類を売り、宿で過ごす日々を送っていた。  しかし働くという発想を持ち合わせていないフロリーナの所持金はすぐに底をつき、とうとう貧民街へと流れていく。  娘二人の手を引いて、据えた臭いのする薄汚い町をさ迷い、もう身を売るしか無いのかと諦めかけたその時───ベルの父親であるラドバウトに捕獲された。  その後フロリーナは、ラドバウトの妻になった。  ただ二度目の結婚は彼女にとって、娘二人を養育するための身売りであり、飢えを凌ぐためのものであり、こんな辛い環境に置かれた全の要因に対して、復讐するための手段でしかなかった。
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