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「おはよー」
そう言いながら彼女は、大学の机で小説を読んでる僕の横に座ってきた。
彼女の名前は上井愛。中学からの仲が良い友達だ。友達、というよりももっと親しみを込めて、親友と呼んでもいいかもしれない。
「おはよう、上井」
「何読んでるの?」
「これ」
僕は本の背表紙を上井に向けた。
ただ「へー」と一言で返すあたり、そこまで興味はなかったのだろう。
フロイトみたいな小難しい小説を愛する彼女には、この今流行りなタイトルは唆られはしない。
上井はコンビニの袋からいくつかパンを取り出し、食べ始めた。
「そういえば課題やった? レポート今週までだよ?」
サンドイッチを能天気に食べてる上井は少しビクッとなった。
「またやってないのかよ」
僕は少し、というか普通に呆れながら溜息をつく。
「きょ、今日こそはお題決めるから」
この言い訳を先週から言い続けていた。
今週提出予定なのにも関わらず、なんの事についてレポートを書くのかすら決めていない、それが上井という人物だ。
「ほら、この本貸すから。適当に題材決めろ」
「ん? なにこれ?」
サンドイッチを咥えたまま僕が渡した本を受け取る。
そして、上井はすぐに目を輝かせた。
僕が渡したのは、パラドックス全書と書かれた分厚い本だ。
「こういうの好きでしょ? これで適当にレポート書いちゃいなよ」
僕の言葉は既に本に夢中な上井には届いておらず、サンドイッチを食べながら本を熟読していた。
その後も上井はその本の虜となり、講義の時間も本の世界に没頭していた。
とんでもなく自由人、そして問題児。それが上井だ。
午前の講義が終わり、上井に話しかける。
「上井ー、昼飯の時間やぞー」
上井の耳元でハッキリと滑舌よく言った。
「おわっ」
そんな間抜けな声を出して驚く上井。そして周りを確認して、もう講義が終わっていると気づくと再び驚いていた。
僕はそんな挙動不審な動きをする上井を見て、呆れた笑いをしていた。
学食で僕はカレーライス、上井はキツネうどんを注文した。
上井は「私席とってくるから」と言って立ち去り、僕は食堂のカウンターで一人ボーッと待っていた。
注文したカレーとうどんが届くと、トレイを持ちながら上井を探した。
そうすると窓際のテラスに本を読む上井を発見した。
僕はうどんの汁が溢れないようにそっとトレイを席に置く。
その事も気付かず熱心に本を読む上井に、これまた呆れながらそっと声をかけた。
「上井、うどん持ってきたぞ」
そう声を掛けると案の定ビクッと驚いていた。
「ごめんごめん。ありがとう」
上井は本を読みながら割り箸を割った。
そして僕は鋭く忠告した。
「上井、絶対うどん食べながら本読むなよ」
「あっ、そうだよね。行儀が悪いよね」
「僕が心配してるのは本だ。うどんの汁が本にかかることを恐れているんだ。別に上井が周りから行儀が悪いだなんて思われても、そんなことはどうも思わないよ」
僕はカレーを食べながら説明した。
「そうやって友達大切にしない人は嫌われるよ」
「本にうどんの汁を付ける方が嫌われるよ」
こんな感じで僕達はいつもの様に嫌味を、というかブラックジョークを繰り広げつつ昼食を食べたのだった。
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