悪魔の笑顔

2/6
前へ
/6ページ
次へ
「おはよー」 そう言いながら彼女は、大学の机で小説を読んでる僕の横に座ってきた。 彼女の名前は上井愛(かみいあい)。中学からの仲が良い友達だ。友達、というよりももっと親しみを込めて、親友と呼んでもいいかもしれない。 「おはよう、上井」 「何読んでるの?」 「これ」 僕は本の背表紙を上井に向けた。 ただ「へー」と一言で返すあたり、そこまで興味はなかったのだろう。 フロイトみたいな小難しい小説を愛する彼女には、この今流行りなタイトルは(そそ)られはしない。 上井はコンビニの袋からいくつかパンを取り出し、食べ始めた。 「そういえば課題やった? レポート今週までだよ?」 サンドイッチを能天気に食べてる上井は少しビクッとなった。 「またやってないのかよ」 僕は少し、というか普通に呆れながら溜息をつく。 「きょ、今日こそはお題決めるから」 この言い訳を先週から言い続けていた。 今週提出予定なのにも関わらず、なんの事についてレポートを書くのかすら決めていない、それが上井という人物だ。 「ほら、この本貸すから。適当に題材決めろ」 「ん? なにこれ?」 サンドイッチを咥えたまま僕が渡した本を受け取る。 そして、上井はすぐに目を輝かせた。 僕が渡したのは、パラドックス全書と書かれた分厚い本だ。 「こういうの好きでしょ? これで適当にレポート書いちゃいなよ」 僕の言葉は既に本に夢中な上井には届いておらず、サンドイッチを食べながら本を熟読していた。 その後も上井はその本の虜となり、講義の時間も本の世界に没頭していた。 とんでもなく自由人、そして問題児。それが上井だ。 午前の講義が終わり、上井に話しかける。 「上井ー、昼飯の時間やぞー」 上井の耳元でハッキリと滑舌よく言った。 「おわっ」 そんな間抜けな声を出して驚く上井。そして周りを確認して、もう講義が終わっていると気づくと再び驚いていた。 僕はそんな挙動不審な動きをする上井を見て、呆れた笑いをしていた。 学食で僕はカレーライス、上井はキツネうどんを注文した。 上井は「私席とってくるから」と言って立ち去り、僕は食堂のカウンターで一人ボーッと待っていた。 注文したカレーとうどんが届くと、トレイを持ちながら上井を探した。 そうすると窓際のテラスに本を読む上井を発見した。 僕はうどんの汁が溢れないようにそっとトレイを席に置く。 その事も気付かず熱心に本を読む上井に、これまた呆れながらそっと声をかけた。 「上井、うどん持ってきたぞ」 そう声を掛けると案の定ビクッと驚いていた。 「ごめんごめん。ありがとう」 上井は本を読みながら割り箸を割った。 そして僕は鋭く忠告した。 「上井、絶対うどん食べながら本読むなよ」 「あっ、そうだよね。行儀が悪いよね」 「僕が心配してるのは本だ。うどんの汁が本にかかることを恐れているんだ。別に上井が周りから行儀が悪いだなんて思われても、そんなことはどうも思わないよ」 僕はカレーを食べながら説明した。 「そうやって友達大切にしない人は嫌われるよ」 「本にうどんの汁を付ける方が嫌われるよ」 こんな感じで僕達はいつもの様に嫌味を、というかブラックジョークを繰り広げつつ昼食を食べたのだった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加