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スラムの西区では、コーシが大いにやんちゃをしていた。
まず気に入ったものは何でも持って行ってしまう。
ずっと機械ものをいじっていたせいか、レンチを手に入れたものなら解体できそうなものは片っ端から解体して遊んでいた。
流石にナンナンたちに諌められると初めこそ泣きはしたが、今では鼻であしらうくらい堪えなくなってきた。
このところカヲルも不在が続いたため、まさにお手上げ状態だ。
「コーシ!!このっすばしっこいやつめ!!おいそっちで抑えてくれ!!また俺の自転車のチェーン外しやがったな!?」
「痛てーっ!!お前レンチで殴るなよあぶねーな!!」
コーシがちょろちょろと今日もやりたい放題していると、ひょいと後ろから首根っこを掴まれた。
「こらコー、いい子にしてるんじゃなかったのか?」
コーシは驚いて振り返ったが、次の瞬間大声で叫んだ。
「しゃなーーっ!!」
サキにぶら下げられたままサナに向かって手を伸ばす。
サキはコーシをサナの胸に預けると呆れて腕組みをした。
「おんまえ、俺は眼中にないのかよっ」
サナも瞳に涙をいっぱい浮かべてコーシを抱きしめている。
コーシはしばらくしがみついていたが、サナがいつまでたっても声を出さないので不思議そうに見上げた。
「コー、サナは今ちょっと喉が痛くて声が出ないんだ」
サキが代わりに説明すると、早速得意の呪文が聞こえてくる。
「いたい、いたい、とんっけー!!」
少し増えた言葉にサナが笑顔を見せると、コーシは満足そうに足をぷらぷら揺らした。
サキはコーシの頭を撫でると、やんちゃなつり目を覗き込んだ。
「コー、サナと一緒にうちへ帰ろうか。お前の誕生日パーティーをし直さないとな。遅くなって悪かった」
コーシはサナとサキを見比べると、嬉しそうに頷いた。
「しゃき、えんえーは?」
「M-A?そうだなぁ。あいつ今日も酒場に行くとか言ってたけど呼び戻すか。ついでにカヲルも呼ぼう。随分世話になったからな」
「あおーる!!」
コーシは目をキラキラさせながら手をバンザイと挙げた。
その笑顔はまさに天使だ。
さっきまで散々小悪魔と戦っていたオオムギたちは肩を落とした。
「サキさん…。やっとコーシ連れてってくれるんすか?」
「どうやったらコーシをそんな大人しくさせれられるんすか…」
サキはコーシを高く抱き上げるとにやりと笑った。
「迷惑かけて悪いな。こいつを大人しくさせるのは俺じゃないぜ?サナだよ」
オオムギは女神降臨に手を合わせると、尊敬の眼差しになった。
サナは困った顔をしたがサキは楽しそうに笑うばかりだ。
コーシはサキとサナの真ん中に来ると二人の手を取って歩き出した。
それは何とも微笑ましい平和な光景だった。
もうすぐ内戦が始まる。
次に家を出れば帰れる保障もない。
サキは今夜は目一杯サナにもコーシにも尽くしてやるつもりだった。
「しゃき…?」
コーシに覗き込まれてハッとする。
「悪い…。なんでもないよ。お前には誤魔化しが効かないから参るよな」
わけが分からずきょとんとする幼な子の前に、大きな体をかがめてしゃがむ。
「コー、もし俺がいなくなっても泣いてちゃだめだぞ。お前はスラムの男だろ?」
カヲルと同じことを言われ、コーシは理解したのかどうかはともかく真剣に頷いて見せた。
「いい子だ」
頭をくしゃくしゃに撫でられると今度は嫌そうにのけぞった。
その夜は楽しいものとなった。
サナはサキが止めるのも聞かずにキッチンでくるくると動き回り沢山の料理を作り上げた。
最後に慎ましやかなケーキまで運ばれてくる。
サキは感心していつも灰皿しか置いていないテーブルを眺めた。
「凄いなサナ、お疲れ様。こっちに座れよ」
サナはぱたぱたと近寄るとサキの隣に腰掛け、にっこり見上げた。
だがサキに不思議そうに見つめられるとハッとして赤くなる。
無意識のうちにアオイといた時のように頭を撫でられると思っていたのだ。
サナは火照った頬を誤魔化すように立ち上がると、奥の部屋にいるカヲルとコーシを呼びに行った。
M-Aはぽりぽりと頬をかいた。
「あかん。あれは完全に恋やぞ。ほんま悪い男に引っかかりよんなぁ」
「うるせーな。俺だってそれくらい分かってるよっ。ただ…」
サキは苦々しい面持ちで温かく湯気を立てる料理をひとつ摘まんだ。
奥からはきゃーきゃーと騒ぐコーシの声が聞こえてくる。
「…もし、あいつにとってサナが俺のコーシみたいな存在になるなら、預けてもいい、かな」
煮え切らない言葉が落ちる。
自分もアオイも、きっと心に何かが欠けている。
それは人としてとても大事な部分だ。
今更変われるはずもないが、サキにとってコーシはその存在だけでその何かを埋めてくれる気がした。
「でもそうじゃないなら今後一切絶対近付けない。それくらいなら絶対にサナを幸せにすると誓える奴を俺が探してお見合いさせる」
「サナの意思は無視かいっ。大体お前のお眼鏡に叶う奴がそうおるわけないやろ」
「お前なら安心なんだけどな」
「お前の世話だけで手一杯やわ!!それに俺はお稚児趣味より熟女好みや!!」
どうでもいいことを喚いてると、丁度そこへコーシたち三人が戻ってきた。
「えんえー、じくじょこのみ」
コーシがえらい言葉を復唱したので、サキはじろりとM-Aを睨んだ。
「コーにいらん言葉教えてるのは、実はお前じゃないのか?」
「ちっ、違うぞ!!コーシ!!さぁ乾杯しような乾杯!!」
慌ててコップを持ち上げると、M-Aは強引に取り仕切ってコーシの誕生日パーティーを始めた。
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