第2話 「言ったろ? 俺、コウちゃんが好きなんだ」

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第2話 「言ったろ? 俺、コウちゃんが好きなんだ」

 ――六年後――  その日、理桜はやたらとテンションが高かった。  俺の所にやってくるなりカメラを見せつけてくる。 「ほらっ! これ、キャパスの新しいやつ!」  高校一年生には不似合いなほどしっかりとした一眼レフだ。興味のない俺の反応にも全くめげる様子が無い。  それは先日久々に会ったコウちゃんから『借りた』ものだ。  手に持ってくるくると回し、色んな角度から眺めている。 「コウちゃんの研究してる光学技術っていうのが、この奥のほうに入ってるんだよ~……ン~? 見えるかな~?」 「見えたら人間じゃねーよ……」  大学院まで行ったコウちゃんは、二十四歳で有名なカメラメーカーのキャパスに就職しカメラの開発に携わっている。  それはずっとコウちゃんが目指していた仕事で、他人から見たステータスでも、報酬の上でも文句の付けようがない。  理桜がカメラを欲しがっているのを知っていたコウちゃんは、新発売のカメラを用意し、その取り回しや現像後の感想などを聞き取ると言って、大量のアンケートとともに理桜に渡した。  とはいえ、実質それは贈与だ。  理桜はそれからずっと嬉しそうに、何度もカメラを見ている。 「気持ち悪」  思わず口をついて出た言葉にぴくんと反応した理桜が俺を睨んだ。 「おにいは何だよ、何も貰えなかったから拗ねてんの?」 (欲しかねーよそんなもん)  実際全くカメラなどに興味は無い。  一方で理桜は、コウちゃんがカメラに関する研究をしているということを知った三年前に将来の夢が決まった。 「俺はこのカメラでカメラマンになる! おにいはまだ進路も決まってないから、俺の方が一歩先行ってるね」  輝く瞳で言い切るドが付くほど単純なその思考が、俺と瓜二つな人間のものだとは思いたくない。  カメラを見つめる眼差しには喜びと愛しさがあふれている。  何度も眺めてはため息を吐き、そしてまた眺めて笑う。まるで恋人から指輪を貰ったような喜びようだ。  十六歳になっても、いつまでたっても理桜の基準はコウちゃんだった。  俺は今まで二人の彼女と付き合ってきて、当然我慢できるわけもなく童貞も卒業した。今でもちゃんと彼女がいる。  理桜だってモテなかったわけじゃない。むしろコウちゃんと同じ血を分けているだけあって、自分で言うのもなんだが三ケ原家は整っている方だと思う。  俺と同じ顔で、同じ声で、同じように女子から告白されても理桜は一度も受け入れなかった。  なぜかと聞いた俺に理桜が寂しそうに言った言葉が忘れられない。 「言ったろ? 俺、コウちゃんが好きなんだ」  それを聞いた瞬間に公園でのやりとりがフラッシュバックした。  あのときの理桜も、寂しそうで、切ない顔をしていた。  子どもの理桜が精一杯の勇気を振り絞ったであろう決意と覚悟を笑った自分のほうが子供だったのだ。  ピピ……パシャッ  電子音がして、俺は顔を上げた。  間近にカメラのレンズがある。  その奥からひょこっと顔を覗かせた理桜が、呆けた俺の顔を見ながら「おいおい、寝不足かぁ? 俺の顔でブサイクなカオするなよ~」と笑った。  俺はこの時、理桜に秘密にしていることがあった。  1週間前学校の友人と街に出かけたとき、たまたまコウちゃんとばったり出くわしたのだ。  その時、コウちゃんの隣には髪の長い女性が一緒にいた。年齢はコウちゃんと同じくらいだ。  花びらが開いたようなフレアスカートが揺れて、華奢な手が小さなバッグを持っている。遠くてはっきりとは見えなかったが、隣のコウちゃんを笑顔で見上げていた。 「あー、コウちゃん!」  呑気に声を掛けた俺に気付いたコウちゃんは、女性に何かを伝え待たせたまま駆け寄ってきた。  あの日と変わらない男物の香水の香りがふわりと漂う。 「尚桜、遊びに来てるの?」 「うん」 「おいおい、大人の街だろここは。来て大丈夫なのか?」 「大人の街じゃないよ、皆来るって」  俺の友人に向け「こんにちは」と簡単な挨拶をするコウちゃんを見上げながら、俺は核心に迫る質問をした。 「あれ、彼女?」 「違うよ」  笑みを浮かべて即答する。そして緩く首を横に振った。 「俺の会社の同僚」 「へえ……綺麗な人じゃん」 「なんだよ、尚桜の好みなのか?」 「いや、いや違うよ」  慌てる俺の頭をごしごしと撫でて笑うコウちゃんには大人の余裕があった。  くしゃっと笑うその表情は、まるでウィンクをしたように魅力的だ。 「言っとくよ、俺の可愛い従兄弟が気に入ってたよ、って」 「や……やめてやめて!」  赤くなる俺を友人がからかってくる。  コウちゃんは「じゃあな、暗くなる前に帰るんだぞ」とまるで親のようなことを言って女性の元に戻っていった。  再度合流した二人は会話をしてから、遠い俺に向かって手を振ってきた。  親し気なその姿は女性を含めて親戚のようだ。ただの同僚というわけではなさそうだったが、俺はそれ以上言及することもしなかった。
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