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*** 圭太の病室を去ったまま、いつものように戻る事はしなかった。あんな問い掛けをするんじゃなかったと、後悔ばかりが募ってくる。 私は毎日、前向性健忘症を患っているのお見舞いに行っている。「貴方は私の恋人です」なんて言えるはずも無く、学級委員長だなんて大嘘を吐いてしまった。それを圭太は、手帳に書き記していた。私が来たという証として。 来客が来ると疲れてしまうのか、彼は直ぐに眠ってしまう。そして朝まで起きない。私はそれを知ってから、帰ったと思わせて病室に戻り 。 彼の筆跡と似せながら書くのは難しかった。一度、看護師さんに見られた事があったけれど、見なかった事にして去って行った。 これをしているのには、理由がある。 「今日は何の日?」と聞いて、前みたいに答えてくれるように。早く元に戻ってくれるように。「さん」付けじゃなくて、「梨花」って呼んで貰う為に。 原因が私、というのは本当だ。 彼は下校中に信号無視をして突進してきた車に、轢かれそうになった私を庇ったのだ。命に別状は無かったものの、「頭を強打して記憶障害を患った」という知らせには泣き崩れた。 私があの道を通らなければ、今も幸せで居られた。 榊圭太という1人の人生を壊してしまったのだ。 ずっと、お見舞いに行っていたのは顔を見に行く目的もあったが、それ以前に罪滅ぼしも兼ねていた。何も覚えていない彼には、私がこうやって悶々としている事なんて気が付いていないだろう。 なのに、「恨まない」なんて言われて私はどうしたら良いのだろう。無理矢理恨ませようとも考えた。けれど、彼の元からの人格はそんな風に出来ていない。 結局、私は何も出来ない。罪滅ぼしという名のお見舞いをするだけ。「学級委員長」としてだけでも良いから、一緒に居させて欲しい。そう思うから、今日も笑顔を作って病室のドアを叩く。 そして、また問い掛ける。記憶が無いとしても。 「ねぇ、今日は何の日か覚えてる?」
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