1 僕と先輩 ①

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1 僕と先輩 ①

「えーっと、こいつは真田 勇(さなだ ゆう)といって……知ってる、よな?」  と、(くれ)先輩は待ち合わせ場所に来るなり、どこか慌てたように紹介とも言えないような紹介をした。  呉先輩が言うように真田先輩の事を僕は知っていると言えば知っているけど、知らないと言えば知らない。だから僕は返事の代わりに曖昧な表情を浮かべただけだった。  真田先輩は呉先輩との会話の中に何度となく出てきていたし校内でふたりが一緒にいるところをよく見かけていたからこの人が真田先輩で、呉先輩の親友だという事は知っていた。  でも僕は真田先輩(本人)と言葉を交わした事は一度もないので、存在は知っているけれど本当の意味で『知っている』とは言えないのだ。 「で、悪いんだけど……俺これからちょっと用事があって……今日は一緒に帰れない、から――勇が俺の代わり! それで、次からは()()で!」  と真田先輩を前に押し出し、言いたい事だけを言うと呉先輩は走って行ってしまった。  呉先輩は最後まで僕と目を合わせる事はなくて、その姿がテレビドラマでよく見る別れの場面と重なって、僕たちはそんな関係とは違うのに胸がきゅっと締め付けられるようだった。 「――あいつ……マジか……」  姿が見えなくなっても呉先輩が行った先をずっと見続けていると、そのすぐ傍で真田先輩が小さく呟くのが聞こえた。視線をやると、真田先輩が僕の方を見て困ったように苦笑した。  その反応からも分かるように真田先輩は何も知らされておらず、ただ連れてこられただけなのだろう。何だかよく分からない者同士、呉先輩はいなくなってしまったしこのままこうしていても意味がない。「帰ろうか」って真田先輩に言われて僕は素直に従う事にした。  お互いに改めて名乗り合ったものの道中それ以上の言葉を交わす事はなく、いつもの分かれ道とは違う場所で「またね」って真田先輩に言われこくりと頷き残りの家路をとぼとぼと歩いた。 *****  僕と呉先輩がふたりで帰るようになって早三ヶ月、突然真田先輩を連れて来て「次からは三人で!」と言っていたのにそれからも待ち合わせ場所に現れるのは真田先輩だけで、真田先輩はいつも申し訳なさそうに綺麗な眉をへにょりとさせていて、僕の方こそ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。  呉先輩は同じ高校の三年生で僕は二年生。学年も違うし委員会で一緒という事もない。クラブ活動だって呉先輩も僕もやっていないので本当に何の共通点もない。そんな僕たちが何故一緒に帰っていたのかと言うと――、僕が呉先輩に告白したからだった。  玉砕覚悟で――いや、あの時は覚悟なんてなかった。勢いと言うか何と言うか気がついたら告白していた。でもだからっていい加減な気持ちなんかじゃなかった。僕はもう一年近く呉先輩の事が好きだったのだから。  そしてそのまま流れで一緒に学校から帰って、告白にOKを貰えたわけでも一緒に帰る約束をしたわけでもないのに、僕と呉先輩はあの日まで毎日一緒に帰り続けていたのだ。  だけど今は呉先輩とではなく、真田先輩と一緒に僕は帰っている。  学校帰りのほんの短い時間でも呉先輩と一緒にいられるだけで僕は毎日が幸せだった。僕の知らない呉先輩の事、僕の好きになった呉先輩の事――少なくはない頻度で出てくる真田先輩の事も、呉先輩が話す事は何であってもよかった。  瞳をキラキラとさせて子どもみたいにはしゃぐ先輩が好き。  大きな口を開けて笑う先輩が好き、大好き。  僕と一緒にいる呉先輩はいつだって楽しそうで、恋愛的な好きとまではいかないまでも後輩としては好かれていると思っていた。  元気で明るい呉先輩が燦燦と輝く太陽だとしたら、僕の先輩を想う気持ちは花だ。遠いとおい存在だけど太陽に向かって背伸びするみたいに揺れる花なんだ。  先輩の傍にいられるだけで花は咲き、一本、また一本と増えていって抱えきれないくらいになっていた。  だけど――。  もういい加減現実を見なくてはいけないのかもしれない。突然真田先輩を紹介され、その後一緒に帰ってくれなくなったという事はそういう事なのだろう。  僕は遠まわしにフラれたわけだ。綺麗に咲いていた腕の中の花が太陽を失い、萎れてしょんぼりと俯いた。  こんな事しなくてもはっきり「迷惑だ」ってひと言言ってくれたらよかったのに――。  このまま太陽が隠れ続けていたら僕の花はどうなってしまうんだろう――。
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