ゾンビお母さん

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ゾンビお母さん

 時計の短い針が数字の七の少し左を、長い針が数字の四を指し、ひらながの「へ」みたいな形になる。毎朝僕は、時計の「へ」を合図に家を出る。  家から少し先にある赤い消火栓の前が集合場所で、七時三〇分になったら学校へ向けて出発する。登校班はいつも同じ顔触れだから、顔を合わせた途端に昨日見たテレビや学校での出来事の話題でうるさいぐらいに会話が弾む。  でもあの日以来、誰も僕に話し掛けてくれようとはしない。僕は一人でじっと出発の時を待ち、みんなの一番後ろを俯きながらついて歩く。  ひとりぼっちのはずの僕が時々視線を感じて振り返ると、少し距離を置いてついて来る女の人がいる。  僕に見つからないようにしているつもりなのか、物陰に隠れながら、こそこそと僕達を追って来る。  あれは僕のお母さんだ。  紺色のツーピースの胸元に控えめなデザインのネックレスを揺らし、ヒールを鳴らしながらやってくる姿は、あの日授業参観に来たお母さんの姿そのものだ。  でも顔の半分は潰れて、どろりとほっぺたの上に垂れ下がった目玉が歩く度にゆらゆらと揺れる。ちぎれた右腕は見当たらず、正反対にねじ曲がった右足は歩く度にかくんかくんと変なところで折れ、その度に転びそうになる。だからお母さんのヒールの足音は、コツッ……コツッ……と妙に間の抜けたテンポだ。  明らかに不審者丸出しというか、昔テレビで見た映画のゾンビそのものなのだけれど、そんなお母さんに道行く人は全く目をくれようともしない。  僕にはその理由がわかっている。  お母さんはおばけだから、他の人達の目には見えないんだ。
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